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カテゴリー「経済・政治・国際」の記事

2018年3月23日 (金)

赤い池上彰さん、吉野源三郎さん、山本有三さん

今回も、中川八洋・筑波大学名誉教授の許諾を得て、転載させていただきました。
 

 中川教授の御厚意に、深謝する次第です。

2018-02-25
筑波大学名誉教授  中 川 八 洋

 吉野源三郎とは、戦後日本にソ連軍を侵略させて日本をソ連が無限に収奪し続ける“国家喪失地獄”に叩き落さんとした、悪魔が縮こまる“凶悪な共産主義者”であった。そんな狂気のスターリン教徒が、日本の子供たちを“ソ連人=狂気の共産革命の戦士”に改造するために書いた赤化・洗脳教本『君たちはどう生きるか』が、漫画版だが、今、超ベストセラーになっている。すでに170万部を突破したという。

 吉野源三郎のような札付きの共産党員の本は、エチオピア農民婦女子150万人の餓死処刑に加担した“極悪非道の殺人鬼”黒柳徹子の『窓際のトットちゃん』でもそうだったが、なぜか必ず超ベストセラーになる。誰しもこのからくりを知りたいだろうが、この問題は、ここでは扱わない。

 1937年7月に新潮社から出版された『君たちはどう生きるか』は、ちょうど“究極のスターリン狂”で共産主義者近衛文麿が、「対蒋介石戦争」を開戦した1937年7月と同じ年/同じ月であった。「対蒋介石殺害戦争」を、当時も「日支事変」だと偽装語で誤魔化し、戦後もまた「日中戦争」だと嘘ラベルを張った。が、近衛文麿が日本国民を騙して日本の国費と日本の若者の命を蕩尽した「八年間の対支戦争」は、中国共産党毛沢東に依頼されるままに、“反共の蒋介石”を殺害して支那全土を毛沢東の手に渡すことを戦争目的とした戦争だった。

 そればかりではない、吉野源三郎に少年用赤化洗脳教本の書き方を教えたコミュニスト山本有三が、大東亜戦争を煽動して昭和天皇/吉田茂など親英米派・大東亜戦争反対派を封殺した朝日新聞に『路傍の石』を連載開始したのも、この1937年であった。山本有三は、河上肇の直系で“日本のスターリン細胞のボス”近衛文麿グループの一味であった。人脈図を描けば、「吉野源三郎──(少年を共産革命戦士に改造する教本の書き方の師弟関係)──山本有三──(ソ連軍の日本侵略誘導の赤化集団)──近衛文麿」ということになる。つまり、吉野源三郎とは、東アジア共産革命戦争(=「大東亜戦争」)のれっきとした一味で、悪魔そのものの“スターリンの犬”だった。

 なお、『君たちはどう生きるか』は、一時的に目を患った山本有三に代行し、ピンチ・ヒッター的に吉野源三郎が書いたもので、山本有三が企画編集した(1935年に第一回配本の)全十六巻「日本少国民(=「少年少女」のこと)文庫」の最後の配本第十六冊目であった。また、この「日本少国民文庫」シリーズは、日本の若者をアジア共産化革命の“祖国叛逆”大東亜戦争に駆り立てるべく、山本有三近衛文麿に依頼されて企画出版したと考えられる。

 コミュニスト山本有三コミュニスト吉野源三郎も、大東亜戦争の八年間にわたり一度も、小声ですら大東亜戦争に反対していない。心底からアジア赤化の大東亜戦争に狂喜乱舞していたからだ。

“凶悪なスターリン狂”吉野源三郎山本有三がせせら笑った“ザル法治安維持法

 これほどに露骨な共産主義者吉野源三郎山本有三が、治安維持法で拘禁もされず、のうのうと共産革命に洗脳・教宣する本を書き続けられたのは、治安維持法ザル法の無能・無力だったからである。今もバリバリの現役法律である、米国連邦法の共産主義者弾圧法communist control actと比較すれば、治安維持法の杜撰さ/甘さはひどすぎた。が、これも本稿の任ではない。

 ここで問題とすべきは、少年達への『君たちはどう生きるべきか』『路傍の石』等の赤化教宣本が(注1)帝国陸軍・海軍内の共産主義将校が決行した“共産革命軍事クーデタ”「1932年の5・15事件」「1936年の2・26事件」に呼応して日本国内に噴出した共産革命熱の一環であった歴史事実の方だろう。要は、『君たちはどう生きるか』は、1932~7年の日本型共産革命の勃発と蔓延を今に記録する革命本の一つ。また当時の、共産革命に狂った東京帝大文系卒の狂気を示す証左の一つ。

 “赤の養成所”東大文学部独文科/哲学科は、日本自身が、戦後すぐ「A級戦犯」として解体・廃止すべきであった。いや今からでも遅くはない、『君たちはどう生きるべきか』のベストセラーを機に、とび抜けた赤い馬鹿教師&超アホ学生のプレイグラウンドで“日本国を毀損する有害・有毒学科”東大文学部哲学科&独文科は、税金の無駄遣いだし、直ちに廃止を決断し断行しようではないか。

 吉野源三郎とは、スターリンソ連のために日本国の全てを奉納したい、そのことだけに人生を捧げた“ソ連人”であった。非・日本国民であった。これほどまでにスターリンを狂信した狂度は、オウム真理教麻原彰晃に身命を捧げる、その狂った信者たちと寸分の相違もない。吉野源三郎が“永久に非在”の空無な「共産社会」を頭の中に描いては恍惚とした狂気の妄想は、オウム真理教信者の「ハルマゲドン」狂信よりも、凶悪さと残忍さとがはるかに目立つ。

あらん限りの悪事に狂奔して日本国を害し続けた“最凶のコミュニスト吉野源三郎

 吉野源三郎の戦前と戦後におけるイデオロギーには、変化が全くない。戦後の吉野源三郎が二十年間も編集長を務めた『世界』は、首尾一貫して日本の共産化、特に“ソヴィエト連邦への編入による日本の共産化”革命への参加を日本のインテリ層や旧帝大エリート学生に大々的に煽動し続けたが、この主張は、戦前の吉野が書いた旧制中学生向きの『君たちはどう生きるか』と完全に一致するし、その延長上にある。筋金入りの共産革命家として吉野源三郎は、蛇のように執念深く、絶対信条「ソ連こそ日本の宗主国」を墓場に入るまで唱え続けた。  

 世界の共産化を夢想しこの目標に驀進する共産革命家らしく、吉野源三郎は、狂信的なスターリン一辺倒の“ソ連「対日」偽情報工作員でもあった。当然、“共産国侵略戦争への日本の全面協力”を誘導する世論操作に専念したが、それは日本国民を騙して騙して騙し尽くす手法だった。具体的例を三つ挙げる。第一は、1950年6月を期して戦端を開くべく急ぎ準備中のソ連北朝鮮の「対韓国侵略戦争」の、この勃発に際して、「韓国を防衛するだろう」在日駐留米軍の協力要請を日本は拒否しようとの呼びかけ。

 第二は、日本が第二次世界大戦敗戦国だった地位から“戦勝国の占領を解除して主権を回復する”サンフランシスコ講和条約の締結(1951年9月)において、日本はソ連の言いなりになって“北方領土ソ連への割譲”とソ連の対日侵略準備としての)“四海峡の非武装化”を認めるべきだと、「日本の対ソ属国化」を公然と大々的にキャンペーンしたこと。

 なお、四海峡とは、宗谷海峡津軽海峡根室海峡対馬海峡のことで、これらの地点でのソ連軍の上陸作戦を無傷で行えるよう海峡に面する日本領土内を非武装化しておくよう、1950~51年のソ連(属国視していた)日本に公然と要求した。と同時に、1950年頃からソ連は地下工作を通じて吉野源三郎ら“日本人「対日」ソ連工作員”に対し、北方領土の全面放棄と四海峡非武装化という二つの対日講和条件を日本国民のほとんどが「支持する」よう洗脳せよと、密かな命令も下していた。

 米国や自由諸国だけではなく、上記の二条件を絶対とするソ連とも講和条約を締結しよう」との全面講和論の実態は“日本全土がソ連邦に併呑される前段階の状態になる事”を意味していた。日本が「ソ連の第十六番目の共和国になる」ことを意味していた。だが、それを日本国の主権と独立の喪失とは捉えず、逆さにも飛び上がって歓喜したのが“ソ連人”吉野源三郎だった。

 吉野源三郎は、日本国民をこの地獄(=ソ連に搾取され放題のソ連植民地)へと騙して連れ込むべく、その呼びかけ人となるコミュニスト知識人集団(=「平和問題談話会」)を一大集結させた。吉野は、この“呼びかけ人コミュニスト知識人”五十六名を(注2)、当時十万部以上も購読されていて、社会的影響が抜群の雑誌『世界』の1950年3月号に掲載した。

 吉野源三郎は、天性の大嘘つきで、何でもかんでも現実を逆さまにする転倒語法の詭弁に長けた優秀なプロパガンディスト(偽情報専門家)だった。「平和問題談話会」署名者五十六名の名簿とともに、1950年3月号『世界』に掲載した吉野源三郎が原案執筆の「講話問題に関する平和問題談話会の声明」には、こうある。

(日本が米国など自由社会諸国とのみ講和して、ソ連ほか共産諸国と講和しない吉田茂路線は)経済的自立の喪失(となり、それ)がひいては政治的自立喪失の基礎となる事は、論議を要せぬところであり、国民生活の低下は固より、また日本は自ら欲せずして平和(=世界が共産化された状態、レーニンの定義する「ミール」)への潜在的脅威となるであろう」

単独講和が約束するかに見える目前の利点よりも、日本の経済的および政治的独立を重しとす(べきである)(注2、カッコ内中川)

 1951年当時の国連加盟国は70ヶ国をはるかに下回っていたが、このうち四十五ヶ国が1951年9月8日に調印した。だが、“大嘘付きのペテン師”吉野源三郎は、この「45ヶ国との講和」を「一カ国との講和」だと強弁して「単独」という言葉を使っている。また、ソ連に日本国の領土を割譲し国防に不可欠な海峡防衛を放棄するとソ連に認める主権喪失=政治的独立の放棄を、逆さに「政治的独立」だと言い募る。

 “虚言の天才”吉野源三郎の大嘘はさらに続く。米国や自由社会との貿易のない、いっさいの市場も産業もない超後進国支那本土の中共との貿易だけの方が日本の経済は豊かになり日本の国民生活は向上するのだと言う。「日本の経済的自立は、日本がアジア諸国、特に毛沢東の共産)中国との間に広汎、緊密、自由なる貿易関係を持つことを最も重要な条件とし・・・この条件はソ連の言いなりの条件を飲む)全面講和の確立を通じてのみ充たされる」と(注2)オウム真理教の狂徒以上の“スターリン狂徒”吉野源三郎は嘯くのである。

君たちはどう生きるか』を解剖すれば、ソ連共産党「ピオニール」教本の日本版だった

 吉野源三郎の「“共産国侵略戦争への日本の全面協賛”を誘導する世論操作」の第三は、ソ連傀儡の共産ベトナム(=北ベトナム南ベトナムへの侵略戦争への熱い応援と、この南ベトナムを護らんとする同盟国米国に対する憎悪と罵詈讒謗を雑誌『世界』の永年にわたる中核主張にしたことであろう。これもまた、日本国民を騙して騙して騙し尽くすのが目的。  

 1960年代と70年代前半の雑誌『世界』をすべて捲るのは大変なので、吉野源三郎『同時代のこと―ヴェトナム戦争を忘れるな―』(注3)を紹介しておく。この一冊だけでも、上記第三の“吉野流”世論洗脳の一端を覗くことができる。  

 要するに、吉野源三郎には、国際法も無ければ、法的正義もない。共産国がこの地球上で増えるならば「善」、共産国の侵略を防衛することは「悪」となっている。そして、これが「吉野源三郎の倫理」の全てである。少年向きの小説『君たちはどう生きるか』は、この「共産主義者の倫理」を高らかに宣言するもので、一般通念上の倫理道徳においては“反・倫理の極み”の教宣書である。  

 『君たちはどう生きるか』は、二つのメッセージからなる。第一は、現実の社会にとって必然で不可避で必要な(だけど共産党が独裁権力を手にするまでの運動の中核を占める)“貧困と不平等”を、社会全体の方は捨象し、この事象のみに視野狭窄させ、これを不条理だと信じ込ませ、しかもそれを完全に解消できるとの狂妄に麻痺・狂気する“社会主義的人間・共産主義的人間の偏った思考”に嵌るよう仕向けていること。

 第二は、自由社会として現実には素晴らしい最高レベルの日本国を、暗黒の社会/地上の地獄ディストピアと言うべき共産社会に改造する革命の戦士になれと煽動し洗脳し教宣していること。

 紙幅の関係で第二番目だけを簡単に抉っておく。吉野は『君たちはどう生きるか』の掉尾でコペル君にこう結ばせている。

(共産社会や共生社会のように)全ての人がお互いに良い友達であるような、そのような世の中が来なければいけないと思います。(絶対真理のマルクス進歩史観に従えば)人類は今まで進歩してきたのですから、きっと今にそういう世の中に行きつくだろう(=共産社会・日本が誕生する)と思います。そして僕は、それに役立つような人間(=共産革命の戦士、ピオニール)になりたいと思います」(注4、カッコ内中川)

 日本共産党の機関紙『しんぶん赤旗』に次の論評が載っていた。共産党の革命戦士を養成する目的の洗脳書・煽動書『君たちはどう生きるか』がこれほどの超ベストセラーになったのだから、共産党としては感激止まらぬ様子である。    

(同書は共産主義者の)倫理…を扱っていますが、共産主義者が具有すべきこの)モラル(倫理の問題)だけでなく、生産関係、国と国との関係、貧困問題など日本共産党がいま最重視する革命運動にぴったりな)社会を考えるテーマが詰まっています」(2017年8月29日付け、カッコ内中川)

吉野源三郎ベストセラー化の応援団長”池上彰は、時代錯誤のレーニン狂徒

 池上彰が『特別授業 君たちはどう生きるか』を、「別冊NHK100分de名著 読書の学校」シリーズで出版したのは、2017年12月だった(注5)。続けて池上は、『文藝春秋』誌2018年3月号(2月10日発売)でも、吉野源三郎の息子で“狡猾な共産党シンパ”吉野源太郎との対談と言う形で、“悪魔の共産主義者吉野源三郎をさも“日本の教育にとって、現代の二宮尊徳”であるかにデッチアゲ、つまり神格化していた。  

 ところが知的に劣化し続ける現代日本人は、池上彰が前代未聞の教条的な共産主義者である初歩的な事実すら知らない。当然、“第二の吉野源三郎”を自認している池上彰が、次代の子供たちを赤化洗脳することにその共産主義者としての人生を賭けている事すら知らない。池上彰が古巣のNHKだけでなく無数の民放各局テレビで学校授業的な番組を放送しているが、それは彼が次代の日本人子供たちを共産主義者に洗脳し改造することを狙ってのこと。  

 現に、池上彰は、中高校生を誑かすために、マルクス資本論』を逆さ解説した“恐ろしい反・経済のトンデモ本”を出版した。2009年に出した『高校生からわかる「資本論」』がそれ。この後篇が、“同志社大学黒ヘル出身の北朝鮮人”佐藤優との対談本『希望の資本論(2016年)

 『希望の資本論』のタイトルは、内容に従うなら、『日本を地獄と絶望に誘う資本論』であろう。だが、日本憎悪と日本人騙しに生きる“赤い悪魔”池上彰と“黒い悪魔”佐藤優は、これを転倒させ、「絶望とは希望である」とした。戦争と飢餓の共産ロシアに民衆を誘うためにトロツキーが考案したスローガン「戦争とは平和だ!」「飢餓や餓死こそがパンだ!」を文字っている。ジョージ・オーウェルが喝破した“共産主義者特有の転倒語法”である。

 池上彰にはまた、札付きの共産党員で反・貧困運動の湯浅誠(注6)そっくりの『日本の大課題 子供の貧困』がある。それは『しんぶん赤旗』と全く同じ論調で、池上が共産党に直属する教条的な共産主義者である証拠となっている。池上彰には、この「共産党に直属する教条的な共産主義者」以外の顔や思想は存在しない。  

 学識・見識・良心をいっさい欠いた西瓜のような頭の中を、抜きんでた“子供騙しの話術”で隠して、慶大経済学部卒という事実上の無学・無教養な“本多勝一を尊敬する真赤な嘘つきジャーナリスト池上彰にとって(注7)、経済思想などチンプンカンプン。現に池上は、“無知と恥知らず”の迷彩服を着て“嘘の弾”を連続速射する得意技をフル活用し、次のように語る。   

マルクスの『資本論』を今改めて読み直すと、《140年前のことを書いたのに、まるで今のことを言っているようだ》ということがいろんなところに出てきます。社会主義が勝手に崩壊してしまったのを、資本主義が勝ったんだというふうに驕り高ぶって、昔の資本主義に先祖返りしてしまって、結局、マルクスが書いていた頃の『資本論』の時代に戻ってしまった」(注8)。  

 ソ連邦の崩壊は、レーガン米国大統領がなした核戦力と海軍力の大増強でソ連を“包囲 encirclement”したことによる。ソ連は、恐怖の余り東欧を解放し、この“退却の慣性”が、プーチンが回顧しているように)自らの共産主義体制=宗教国家を有害無益だと決断するのを後押した。つまり、社会主義が勝手に崩壊してしまったのではない

 第一の主因は、レーガンの対ソ軍事力による巻き返しに対する恐怖、つまり米国との全面核戦争への恐怖。第二の主因は、アンドロポフ議長ほかKGB第二総局のプーチンもその一人だが)エリート官僚たちが「共産党独裁はロシアの発展を害する」と認識し、“イワン雷帝orピョートル大帝時代のロシア固有の政治体制にいったん戻ろう”との秘めてきた方針が現実化したこと。

 この二つを牽引車にして、ソ連共産体制を自壊させることをロシア支配階級は英断をもって選択したのが、1991年であった。この歴史事実が明らかにするように、このきっかけがレーガンの対ソ核戦力の大増強で、これが無ければ、ソ連邦崩壊は万が一にも起きていない。

 国際政治学に関する池上彰の無教養ぶりは、大目に見て不問としよう。が、マルクス資本論』を1㍉たりとも理解できない、それなのに矢鱈目鱈にマルクスに狂う池上彰の狂気は看過すべきではなかろう。池上彰にとってマルクス資本論』は、仏教徒にとっての般若心経のような“有り難い経文”と同じで、信仰・狂信の対象。冷静・客観的に『資本論』を学問的に解剖する能力も意識も彼にはむろん皆無である。

マルクス経済社会学は、恐怖で需要を強制する「プロレタリアート=神」のカルト宗教

 マルクス経済学などどこにも存在しない。なぜなら、それは経済学ではなく、敢えて「学」を付けても「経済社会学」がやっとの“社会学”にすぎないからだ。まず第一に、計画経済は、ミーゼスが証明したように、市場からしか発生しない需要と供給の情報がなく、計画できないから、計画経済の成立自体が万が一にもあり得ない。ミーゼス『ヒューマン・アクション』(注9)も読んでいない/読ませない東大経済学部ほか日本の大学は、学問の場ではなく、実態的にはカルト宗教の教宣道場。  

 第二に、「階級」とか「搾取」とかの用語駆使は社会学であって、経済学ではない。第三に、労働価値説は、縄文時代ならともかく、産業革命後の社会以降では現実を大きく遊離した馬鹿げたスーパー妄想。その他、池上彰の中高校生を騙し洗脳するのを目的とした『高校生からわかる《資本論》』を所狭しと埋め尽くす無数の欠陥と誤謬については、言及したいが、ここでは割愛する。

 マルクスは、人口50人規模の原始時代のミニ部族では成立する計画経済が、数千万人の大規模近代社会でも成り立つと狂妄した。その結果、ソ連が典型的だが、需要に応じた供給はできないから、供給に従った需要しか要求しない被抑圧状態が快感の異常人間への改造が、ソ連計画経済の中核となった。つまり、命令需要の恐怖体制である。これに違反した人間は、“共産主義的でない”と烙印を押され、刑法の「反体制の罪」で、処刑やシベリア強制重労働キャンプ収容が強制された。

 カンボジア共産主義者ポル=ポトは、一食しか欲しないのが共産主義的人間であり、三食食べたいと考える人間を反・共産体制の罪においてすぐさまその場でスコップその他で殺しまくった。病院に行きたいとか医者に診てもらいたいと言った者もすべて直ちに処刑した。カンボジアでは、1975~79年の僅か四年間で人口800万人のうち四分の一の200万人以上が殺された。

 マルクスが「ルソー→サン・シモン」から敷衍させて妄想した計画経済体制は、大量殺人や即刻重罰の恐怖なしには成立しない。独裁権力者は国民を殺したいだけ殺せるとの理論を、人類初に提唱したのが、ルソーの『社会契約論』。このルソーの狂説を忠実に実行したのが、「ロベスピエール→レーニン→スターリン/毛沢東/ポル=ポト等」であった。

 この殺戮や強制収容所の恐怖だけでなく、計画経済体制とは需要と供給を計画する独裁権力が人民を無限に搾取する体制でもある。これはルソー『人間不平等起源論』の狂信から生まれた“私有財産の否定”の必然で、独裁権力がすべての財産と資本を独占する事にほかならず、それこそ私有財産と不可分の“人間の自由”まで全て剥奪して、自由をゼロとする暗黒の体制となる。以上の指摘内容は、机上の理論ではない。今も北朝鮮金正恩が実践している。つまり、北朝鮮やかつてのソ連が完全に証明した実験済みの、しかも学問的な理論が導く絶対真理である。

日本の貧困は、過剰福祉策が必然の主因、また労働市場への政府過剰介入も主因

 化石魚シーラカンスが深海からぬっと顔を覗かせたような池上彰の時代錯誤も甚だしいマルクス信仰は、マルクス共産党宣言』を寝る時でさえ布団に入れて手放すことのない“稀代の共産主義者的場昭弘と一緒にマルクスを拝む修験において、ますますその狂気の度を深めたもの。このことは、池上彰の親友・的場昭弘の『マルクスに誘われて―みずみずしい思想を追う』『マルクスだったらこう考える』等を読むと、池上彰は、『マルクス/エンゲルス全集』の完全復元作業に生きる的場昭弘のカルト宗教「マルクス狂」の延長上で“阿片中毒的なマルクス狂徒”になっているのが判る。  

 日本共産党の筋金入り優等生党員である池上彰/的場昭弘/湯浅誠らは、極度に経済学を全く知らない異常な経済学音痴集団。単純化した表現をすれば、彼らはマルクスの“血塗られた悪魔の教典”『資本論』『共産党宣言』の二冊以外、何一つ読んだことが無い。ために、教祖マルクスが樹立した19世紀カルト宗教の狂信状態にどっぷりと埋もれている反・経済学徒になるしかない。  

 無学・無教養な“赤の権化”池上彰は、ヒトラーとナチ統制経済に捧げたベンサム全体主義ケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』を、市場重視の自由主義経済学論の一つだと思い込んでいる。だが、ケインズは、マルクスとはルソーを元祖・源流とする親族である。ケインズもまた、「マンドヴィル→アダム・スミス/デイヴィッド・ヒューム→ミーゼス→ハイエク」や「コーク→エドマンド・バーク→レプケ」の経済学とは対極的な位置にある。

 ミーゼス/ハイエク/レプケの系譜にある経済学徒にとって、カルト宗教のマルクス私有財産制を認めるだけの)極左全体主義ケインズも、ともに自由社会が排除すべき猛毒の有害思想。日本でケインズを最初に講義したのは1930年代後半の東京帝大経済学部だが、ゴリゴリのマルクス主義の教授が担当した。ケインズマルクスが同族の経済思想である以上、当然の成り行きだろう。  

 今日、日本が貧困化しているのは事実だが、それは資本主義が原因ではなく、全くの逆。日本がマルクスケインズを吸引し過ぎたことが原因となって、必然的に発生する病気が「貧困」である。日本のように飛び抜けた世界最大の“ばら撒き福祉”の超福祉国家は、それ故に、国家財政も、国家の経済基盤も、国民の経済的自立の精神も、根底から腐食して突き崩す。よって国家・国民がだんごになって“貧困”の奈落へと転がり落ちる。「貧困」からの脱出は、日本が国民挙げて“脱福祉”を決断する以外に道はない。

 しかも日本は、豊かな賃金を支えてきた、市場原理への尊敬と民族に息づく雇用伝統・慣習への尊重において成り立つ自由社会の雇用制度(spontaneous order)を、1986年の男女雇用機会均等法から、平気で破壊し続けてきた。伝統や慣習に基盤を有さない雇用制度は、労働者・勤労者の所得を限りなく低下させる。

 共産党員と中核派革マル派出身者が事務次官を含め全ての局長ポストを握るスターリン時代のソ連の官庁かと紛う)厚労省の言いなりに、「働き方改革」とか「輝く女性」とか雇用制度を計画経済体制並みに破壊し尽す安倍晋三によって、日本の貧困病は、今後加速的に重病化していく。

「なんだ、そうだったのか、池上彰の子供向きテレビ授業は全て真赤な嘘だったのか」

 話を池上彰の『高校生でもわかる《資本論》』に戻すとしよう。“天性の嘘つき屋”池上彰は、次のような歴史の偽造をする。大東亜戦争に最も反対したのは、昭和天皇幣原喜重郎吉田茂保守系外交官グループ、大蔵官僚の多数、小林一三らの市場経済派の財界人たちであった。だが、池上彰は、詐欺師でも口にできない、次のような真赤な“逆立ち嘘歴史”を平気かつ大声で語る。

大東亜戦争に戦争前から反対した人たちがいた。その人たちは日本共産党日本共産党以外でもマルクス主義という考えを持っている人たちだった」

「この人たちがみんな弾圧されて刑務所に入れられていたんだよね、戦争中は。」(注10)

 今ここで頭に浮かんだまま1930年~45年のマルクス主義者をリストする。誰が刑務所にいつ収監されていたか、誰が戦争に反対したか、池上彰よ、回答されたい。  

 脇村義太郎、大森義太郎、大内兵衛、有沢広已、宇野弘蔵向坂逸郎東畑精一加田哲二野呂栄太郎、山田盛太郎、土屋喬雄、平野義太郎、櫛田民蔵、猪俣津南雄、中山伊知郎ほか。

 経済学者でなく、それ以外の分野でのマルクス主義者ならもっとたくさんいる。彼らは刑務所に収監されていたのか。彼らは大東亜戦争に反対したのか。池上彰の作り話は、底なし沼である。

 要するに、上記のリストを見るだけでもわかるが、大東亜戦争に反対したマルクス経済学者やマルキストなどいない。池上彰は、事実を全く逆にしている。マルキストこそが、大東亜戦争に反対する国民を「軟弱」「非・国民」などと罵倒して、強引に大東亜戦争を拡大させ続け、ついには対英米の太平洋戦争へと日本国民を煽動・誤導したのである。佐々弘雄マルキストのみが編集を独占していた朝日新聞の、その1937年7月から八年間にわたる“連日の大東亜戦争讃美キャンペーン”を読み返せば、小学生でもわかる事。  

 また、池上彰よ。帝国陸軍の中のマルクス経済学狂のエリート軍人は、刑務所に収監されたのか、それとも大東亜戦争の開戦を煽り、その推進に旗を振ったのか。はっきりと回答されたい。

 現実の歴史事実では、帝国陸軍こそが、マルクススターリンに狂って計画経済を唱道したのである。1934年10月、陸軍は自分の軍事費で『陸軍パンフレット(=「国防の本義とその強化の提唱」)』を60万部も出版したが、それは全編、「マルクスに従って、計画経済を導入せよ」のアジ文書であった。

 池上彰よ、このパンフレットを書いた鈴木貞一、池田純友、四方諒二の三人は、刑務所に入ったのか、それとも出世したのか。鈴木貞一は閣僚である企画院総裁まで上り詰め(陸軍中将)スターリン型計画経済の導入と対英米戦争の旗振りをした。1941年11月5日の御前会議の前に開かれた閣議で、東条英機昭和天皇のご命令通りの対英米戦争の取りやめを決定できなかったのは、“教条的なマルクス経済学狂”鈴木貞一ががなりたてる対英米戦争強硬論を抑えることができなかったからだ。こんな初歩的歴史ぐらいは、嘘つき池上彰でも知っていよう。

 あるいは、大東亜戦争の嚆矢である「対蒋介石戦争日中戦争」を、1937年7月、近衛文麿が独裁者然として開始したが、近衛文麿こそ河上肇の愛弟子で、マルクス経済学の狂信者だった事実も、池上彰よ、知っていよう。このことは、近衛文麿の京都帝大の学士論文を読めば、瞬時にあきらかなこと。池上彰よ、近衛文麿の学士論文ぐらい読んだらどうだ。そして、近衛文麿が対世論工作のために影響ある知識人を集合させた昭和研究会は(注11)、“ソ連工作員”尾崎秀実を挙げるまでもなく、そのほとんどがマルクス主義者だった。

 マルクス狂こそ、最凶の戦争主義者である。日本が平和を欲するならば、池上彰日本共産党を筆頭に、マルクス主義者を日本から一掃する事が絶対に必要である。マルクス共産主義思想に傾倒したもので、戦争狂にならないことは万が一もあり得ない。戦争は積極的に開戦してもできるが、隣接国のロシアや中共に対日侵略させる受け身のやり方の戦争もある。

 戦争狂のマルキスト池上彰は、後者の形態で日本全土を阿鼻叫喚の戦争に巻き込もうとしている。そうでなければ、上記のような真赤な嘘歴史を捏造などしない。以上の簡単な私の指摘に、もし愛国心がある読者なら、「なんだ、そうだったのか」と納得し、「池上彰が、テレビを使って嘘だらけの子供向け授業をしていた理由は、なんだ、これだったのか」と怒りに拳を震わせるだろう。

墓石の下から菊池寛池島信平が怒る、編集社員の八割が共産党員の文藝春秋

 ところで、さる三月号の『文藝春秋』誌は、「総力特集 日本の教育を立て直せ」と銘打って、教条的な共産党員・池上彰コミュニストソ連工作員だった吉野源三郎の息子との対談「父・吉野源三郎の教え」を掲載している。だが、この企画もこの対談内容も、「日本の教育を立て直せ」が嘘ラベルで、実際のモチーフは「日本の赤化教育をもっと共産革命一色にせよ」である。この企画をした編集長の大松芳男は、文藝春秋社きっての共産党員である。  

 『文藝春秋』と言えば、日本文学を護るべくプロレタリアート文学を一掃せんとした菊池寛や、戦後の『世界』『中央公論』の共産革命煽動に抗して、「反共こそが、日本を守る」を旗幟とした池島信平を思い出す。が、今ではすっかり様変わりで、『文藝春秋』はかつての『世界』に成り下がり、共産党一色になってしまった。上記池上彰の対談も、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』を教科「道徳」の副教材にしようと図る共産党の意向を踏まえてのもの。道徳教育の副教材と言えば、新渡戸稲造の『武士道』とスマイルズの『品性論』がベストなのは言うまでないが(注12)スマイルズの道徳四部作など、“共産党の機関雑誌”に化した『文藝春秋』は、名前すら触れることはしない。  

 

注  

1、ルソーのカルト「平等教」とマルクスのカルト「階級打破教」がモチーフの、共産革命に誘う洗脳作品『路傍の石』は何度も映画された。私は1955年、小学校5年生の時、赤い教師の映画館引率のもと松竹製作「路傍の石」を鑑賞させられた。その前年の小学校四年生時の映画鑑賞は、同じく松竹製作で、“ゴリゴリの共産党員”壺井栄が原作者の「二十四の瞳」だった。 「路傍の石」の方は、“現実から遊離した創り話性”が見え見えで馬鹿馬鹿しくてほとんど観なかったが、「二十四の瞳」の方は感動しながら観てしまった。高峰秀子の名演技には子供ながら何度も涙を流した。この「十歳では洗脳され、十一歳では洗脳されなかった」体験は、後年における国際政治学者として“ヒトラーやレーニンのプロパガンダ術”を研究するのに役立った。  

2、吉野源三郎『平和への意思』、岩波書店、341~2頁にも再録されている。同書338~9頁。  

3、吉野源三郎『同時代のこと―ヴェトナム戦争を忘れるな―』、岩波新書。  

4、吉野源三郎君たちはどう生きるか』、岩波文庫、298頁。  

5、私立の武蔵高等学校中学校の校長・梶取弘昌は、教条的な共産党員だと考えられる。そうでなければ、保護者から預かっている中学二、三年生を、“稀代の共産主義者池上彰の赤い毒牙に提供して共産革命の戦士に仕立てあげるなど、まともな教育者なら決して避ける教育犯罪を平然とするわけがない。  

6、公共物の日比谷公園を不法占拠して「年越し派遣村の村長」を自称した湯浅誠には『反貧困』岩波新書湯浅誠が語る現代の貧困』(新泉社)など、共産党が背後で指揮する反・貧困運動の煽動本が多数。菅直人辻元清美とも昵懇な同志なのは、血統が同じだからだろう。まさに「池上彰湯浅誠(親友・同志)菅直人」関係構図によって、池上彰北朝鮮人で日共党員の菅直人とも間接的な同志関係ということになる。  

7、池上彰『記者になりたい』、新潮文庫、21頁に、「新聞記者が《社会の悪》と勇気をもって全面対決する。僕はこれに憧れた。・・・特に、朝日新聞の夕刊に連載された本多勝一記者の《戦場の村》は衝撃的だった。・・・本多記者はアメリカ軍と戦う解放戦線(=共産軍)のゲリラの村に潜入し・・・」とある。周恩来に巨額の金品をもらって書いた“真赤な虚偽満載小説”『中国の旅』を読めば一目瞭然であるように、血統が北朝鮮人で、日本を心底から憎悪しあらん限りの嘘を捏造しては日本を誹謗し続ける大嘘製造機械が本多勝一の正体であった。が、池上彰は、“大嘘付き”北朝鮮人・本多勝一金日成と同じ)日本憎悪と米国敵視がたまらなく痛快で心底から傾倒。過激な共産主義者であるのを共通項として、池上彰とはまさに“大嘘製造機械・本多勝一のクローン”。  

8、池上彰『高校生からわかる「資本論」』、集英社、22頁。  

9、ミーゼス『ヒューマン・アクション』、春秋社。第26章などを参照されたい。

10、上掲『高校生からわかる「資本論」』、23頁。  

11、酒井三郎『昭和研究会』、TBSブリタニカなどが、そのメンバー割り出しに参考となろう。  

12、中川八洋『教育を救う 保守の哲学』、徳間書店、20~1頁。

2018年3月22日 (木)

赤い池上彰さん、岡本太郎さん

中川八洋教授の御厚意により、転載させていただきます。

 

“戦争狂”池上彰と“貧困促進屋”池上彰は同一体 ──日本の経済破綻と超貧困化を狙う“池上彰の犯罪”の先に来るもの 

 オルダス・ハクスリーすばらしい新世界 brave new world』(注1、邦訳1974年、原書1932年は、ジョージ・オーウェル1984年』(注2、邦訳1972年、原書1947年とともに、1970年代、保守系の中高生や大学生の間で、爆発的に読まれた。全体主義体制に対するこれほど痛快・痛烈な非難を文学作品の形で成功した古典的名著が、(1926年に始まる、1930年代の出版物が赤一色だった戦前・戦中では無理だとしても)敗戦の1945年8月から三十年間も翻訳されなかった事実は、何を物語るのか。

 スターリンの命令に嬉々として従った“アジア共産化戦争”大東亜戦争八年間の洗脳によって、戦後日本では、知識層も出版界も共産主義思想(“畸形の共産主義皇国史観を含む)全体主義思想の枠内でしか思考できない状態が生まれ、この状況は出版界を心理的に圧迫し続けた。少し解放感が漂ったのは、1970年に入った直後だった。また、共産主義全体主義に汚染されていない正常な出版社がほんの一部であれ〇〇党の検閲・弾圧からやっと掻い潜れるようになったのも1970年に入ってからだった。とはいえ、戦後日本の出版界に訪れた、この束の間の自由は、1983年が最後だったようだ。1984年からの再締め付け的な検閲体制を強化した〇〇党の独裁的支配が広く深く浸透して、中堅の数社を除き、その後の日本における出版の自由はあっという間に消え去った。

 『すばらしい新世界』は、進歩した文明的全体主義体制とその独裁者「総統」の下で「幸福」が国家から強制的に与えられる状態を、未開の非文明国からこの全体主義国家に紛れ込んだ自由人が、人間の自由/幸福/人間性/思考の独立性/真理/宗教などの視点から追及する物語。「善と悪の関係性」に言及する箇所はドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を彷彿とさせるし、ユートピア社会をこの世に求める事が“自由ゼロ/人間性ゼロの暗黒のディストピア”に至ると喝破した天才ベルジャーエフと同一の信条がこの著のモチーフとなっている。

 もっと率直にいえば、『1984年』が“スターリンの暗黒の体制”をオーウェル流に描いたのに似て、ハクスリー『すばらしい新世界』は、マルクスの『共産党宣言』を標的に、それが描く未来のユートピア“共産社会”を、諷刺のマントを着せてはいるが、ばっさりと外科手術的な解剖を試みたもの。だから、登場人物の一人に「バーナード・マルクス」の名をつけている。

 蛇足だが、日本では1970年代前半、バーク『フランス革命省察』もハイエク『自由の条件』『法と立法と自由』もまだ翻訳されていなかった。ために、『1984年』『すばらしい新世界』は、ハイエク『隷従への道』(1954年、東京創元社や『ベルジャーエフ著作集』(全八巻、1960~1年、白水社とともに、保守系人士の座右の書となった。だが、『1984年』『すばらしい新世界』の邦訳出版は十五年遅すぎた。『ベルジャーエフ著作集』出版とほぼ同時ならば、保守勢力に相当な影響力(=社共と猖獗する共産主義思想に対する攻撃力)を大いに発揮しただろうからである。

(過去・慣習を切断した)マルクス共産社会=自由ゼロと非人間性」を喝破したハクスリー

 ハクスリーが描く全体主義国家「新世界」とは、その独裁者「総統」マルクスがモデルか?)の言葉によれば、次のようなもの。まさに、『共産党宣言』が描いた通りで、人間は(手に入らない物は欲しがらない)共産主義的人間(=非人間)に改造されており、家族もない、時間も止まった“幸福と快楽しかない共産社会”そのもの。  

(この全体主義体制「新世界」の)人々は幸福だ。欲しいものは手に入るし、手に入らないものはみんな欲しがらない。人々は暮らしが楽で安全だ。病気にもならない。死ぬことを怖れもしない」

「激情や老齢などというものは幸い知らない。(家族が『共産党宣言』通りに解体されているから)母親や父親に煩わされることもない。(極端な自由恋愛と雑婚の制度が制度化されているから)妻や子供や恋人などという、激しい感情の種になるものもない。(人間が改造されてサイボーグ化しているから)当然振舞わねばならぬようにしか振舞えないのだ。そのような条件反射訓練を受けているのだ」  

「それでも何かうまくいかないようなときは、ソーマというものがある。君(=新奇な進歩を危険視し、家族の価値も含めて古き良き伝統と慣習を重視する保守主義的人間、小説では「野蛮人の青年ジョン」)が自由のために窓からほうり投げたやつだよ」(第16章、カッコ内中川)

 小説で頻繁にでてくる「ソーマ」とは、副作用のない酒や宗教と同じく、効果が覿面の人造薬物。つまり、ハクスレーは、「全体主義体制とは、不満や体制批判が芽生えないよう人々にソーマを適宜服用させ、快楽と幸福の恍惚に絶えず耽溺させておくことが必要」だと喝破していた。  

 自由とは苦悩・苦難を伴うものだし、悪や不正義との闘争とも表裏一体だから、人間から苦悩や苦難あるいは悪・不正義との闘争を剥奪してそれらを不在の状態にすることは、その人間から自由を剥奪し自由ゼロにすることに他ならない。病気もない/老齢もない/家族もない/悪・不正義への公憤もない(=倫理道徳がない)、代りに快楽と幸福しかない共産社会とは、人間性の根幹を全て失った夢遊病者で“生ける死者”達の社会である。ハクスレーのマルクス理解度はかくも極めて正確。ドストエフスキーベルジャーエフに並ぶといってよい。  

 なお、「ソーマ」は、ハクスレーが“悪魔のスターリン体制”を知らなかったのかor知っていたのか分からないが、ソ連共産体制下における「裁判なしでの、強制重労働収容所への収容」や「無差別かつ無限の即時処刑」などの“恐怖テロル”の代替に置換えるべく、ハクスレーが独創的に考案したもの。

 マルクスの『資本論』とは、ソルジェニーツィン収容所群島(注3)やコンクェストの『スターリンの恐怖政治』(注4)あるいは『共産主義黒書』(注5)が暴いたように、このような強制重労働収容所や無差別処刑の人類史上“最凶・最残忍な国家テロル”なしには一瞬たりとも存立し得ない、史上最も残忍な悪魔の狂説である。すなわち、『資本論』は、経済学の書ではない。共産党独裁権力に人間を無制限に殺戮させる“狂気の宗教国家”づくりが目的のカルト宗教書である。

 マルクスは、現実の人間や社会に無知だったから、このような恐ろしい“殺戮テロルの宗教書”を書いたのではない。マルクスは、意識して“無限の殺戮が永続する血塗られた反人間の社会”を企図してこれを書き上げた。レーニン『国家と革命』(1917年)を読めば、このことは即座に氷解しよう。

 要するに、池上彰『高校生からわかる資本論』とは、“血が滴る、狂おえる教祖”マルクスに拝跪して、『資本論』が目指した“この世の地獄=共産社会”を狂妄的に崇拝する、大量殺人の狂気に踊っている(劣悪さ低級さに目をつぶれば)悪魔の教宣本の一つに挙げられよう。池上彰を刑法に新設の「大量殺人予備罪」で処刑できるよう、この種の立法が急がれる。

“真理に盲”&“倫理道徳を憎悪する野獣”&“歴史を学ばない傲慢”が、池上彰の正体

 では、百年前に死んだはずの「大正時代におけるスーパー極左人士」が墓から生き返ったような、“時代錯誤のマルクス狂”池上彰の頭の中はどうなっているのだろうか。私が池上彰に本格的な興味を持ったキッカケは、2009年刊の池上彰『高校生からわかる資本論』が、1999年刊の朝日新聞社刊のAERAムック『マルクスわかる』と表題が余りに似通っていたのにはっとした時。また、池上とは昵懇な過激共産革命同志・的場昭弘が書いた『マルクスを再読する』(2004年)の表題とも何か相通じるものをふと感じたからだ。

 なお、彼らが整然と隊列行進する軍隊のような、“日本に再び共産革命を”の信条からの教宣本連続出版は、次の流れ。背後に蠢く赤い司令塔が作成したアジェンダに従っていると解される。

マルクスがわかる』→『マルクスを再読する』→『高校生からわかる資本論』→『マルクス漫画講座』

 『マルクス漫画講座』は2015年刊で、“稀代のマルクス狂信の教徒”的場昭弘が監修し解説している。この2015年、池上彰は、『絶望資本論』とすべきタイトルを逆立ちさせた、佐藤優との共著『希望資本論』を朝日新聞社から出版した。なお、佐藤優には『いま生きる資本論』があり、これも上記のチャートに入れるべきだが、ここでは割愛した。

 朝日新聞社/的場昭弘/池上彰三者連合が“マルクス教宣本”を連続出版して「マルクス復活→日本における共産革命の再興」教宣運動を熱烈に展開しているのは間違いなかろう。だが、これを危険視する常識も、祖国日本を護るべく粉砕しておこうとの義務感も、日本のどこにも存在しない。  

 池上彰の『高校生からわかる資本論』とは、一言で言えば、次のようなもの。鉄面皮の池上彰は、IQが極度に低く『資本論』が皆目理解できない自らの無学・無教養を恥ずかしいとも思わず、馬鹿げた破綻狂説として経済学からとうの昔に排斥され死んだはずのマルクス労働価値説を何としてでも復活させたい執念一途に、マルクス労働価値説の再生と神格化に妄言・詭弁を躊躇わない。  

 マルクスの『資本論』は、「労働価値説/剰余価値説=搾取論/労働者窮乏化説/資本主義崩壊説」という四大“反・現実”の真赤な嘘を土台に、その上に“妄想の連鎖”で組み立てた壮大な“反経済/反人間”の哲学的思惟。池上彰は、経済学がチンプンカンプンで、『資本論』すら全く理解できないくせに、ひたすらマルクスの「労働価値説/剰余価値説=搾取説/労働者窮乏化説/資本主義崩壊説」だけを経文のように口ずさむ。この姿は、麻原彰晃の「ハルマゲドン」教をひたすら信じる“オウム真理教のおしゃべり広報官”上祐史浩そっくり。  

 池上彰上祐史浩そっくり度は、それぞれの教祖の狂説を“信仰する態度のそっくり”だけではない。オウム真理教は、ハルマゲドン狂説を真理かに見せるべくサリンを地下鉄に撒いて「ハルマゲドン」が近づいているかの自作自演を決行した。

 一方、池上彰共産党員は、こぞって『資本論』の労働者窮乏化説をさも真理であるかに演出すべく、日本の勤労者の所得悪化と貧困層づくりに躍起である。麻原彰晃オウム真理教とは、仏教で厚化粧をしているが、マルクスの『共産党宣言』を根本教義とした、共産党とは親族のレーニン型カルト宗教。私有財産否定や集団生活など、両者の類似性が無数に散見されるのは至極当然。

原始時代の「大家族の自給自足」を“理想経済=共産社会”と狂妄した狂人マルクス

 教条的な日本共産党員だった岡本太郎に、1970年の大阪万博会場のシンボル“太陽の塔”という芸術作品がある。岡本によれば、“縄文時代人が見た太陽”をイメージして、そのモチーフは「石器時代から縄文時代までの日本人にはまだ富の不平等が発生していない理想時代だったから、それへの回帰祈願の表現」だという。

 確かに弥生時代からは、富者と貧者という、私有財産における格差が発生し、富者がその責任を自覚して政治的秩序づくりに向かう“意図せざる人間行為”を始めることになる。つまり、弥生時代以降の日本人を“悪(富、不平等、政治秩序=国家)に汚染された人間”と考える岡本太郎縄文時代崇拝は、“オラン・ウータンなど動物が無所有で平等である”富もない/家族もいない/薬もない超野蛮なジャングル・荒野時代や動物の世界を、人類の理想社会だと考えたルソー『人間不平等起源論』の“平等教”信仰から産まれた。

 さて、マルクスだが、ルソー『人間不平等起源論』の“平等教”信仰については、岡本太郎と全く同じ。違いは、マルクスは、これにサン・シモンの「計画経済」とヘーゲルの「グノーシス神学の弁証法」をブレンドしたこと。この結果、マルクスの「平等教+共産社会の経済体制」が、反・現実の悪魔的な夢想で妄想され、それが『資本論』に結実した。

 つまりマルクスは、原始時代への回帰を本能とする野蛮人である事においては、平等教信仰と共に、岡本太郎と同類だが、理想の経済社会(=同生する経済社会を、「商品」の「交換」が存在しない“原始時代の大家族”における自給自足に求めたことにおいて、岡本太郎と異なって、経済社会学者となった。が、マルクス経済社会学が根本的に狂ったカルト宗教になったのは、大家族の自給自足のための生産(経済学ではこれを「生産」とは言わない)を、あろうことか「経済社会の生産」だと短絡する致命的な誤謬を犯したことに端を発している。「商品」「交換」とそのための「生産」は、あくまでも家族外で利益を得るために行われるものを指し、自給自足の家族内における「商品」「交換」「生産」は存在しない。

 当然、「自給自足の余剰生産物」など、有り得もしない荒唐無稽な妄語。縄文時代ですら鏃や土器が「商品として交換」のために「生産された」のであって、自給自足の余剰生産物ではない。しかも、「商品」として「生産」され「交換」された時に「価値」が発生するから、交換されなかったら価値はなく、そのような鏃や土器をいかにたくさん作ろうとも価値を産まない。それらは石の欠片であり、焼かれた粘土の塊に過ぎない。

 つまり、(価値を産まない物を製造させても)労働によるから価値が発生するとしたマルクスとは、労働そのものを神格化して崇拝する労働狂のカルト宗教の狂人教祖に他ならない。マルクスのこの狂説を仮に現実に実践すれば、必然的に人間を強制労働させる国民奴隷化制度のソ連型・北朝鮮型の経済体制とならざるを得ない。レーニンや金日成は、マルクス狂信をした瞬間、「この世に現れた残虐な悪魔」となった。池上彰佐藤優もまた、「この世にあらわれた残虐な悪魔」の一味である。  

 労働の価値は、商品が交換される市場がその生産物の価値をおおむね予測させる信号や情報を発生させ、またこの市場が最終的には価値を決定するが故に、確定される。これこそが、個人の労働に対し市場が与える(国家権力の支配下にない)社会的評価である。つまり、市場における商品交換機能が、生産物(商品)の価値をコントロールする。このように、労働の価値は、(不参入の自由が保障された)市場への参入によってしか定まることはない。「価値は、労働そのものから産まれる」など妄想で、万が一にも現実の話ではない。

大家族の自給自足から計画経済を妄想し、家族の消滅を絶対としたマルクスの矛盾

 マルクスアダム・スミス『諸国民の富』を熟読していることは、その用語から明瞭。が、ほとんどを逆さにするか、少なくとも大幅に改悪した。例えば、アダム・スミスの労働価値説は、労働によって代価の賃金という価値が発生するという意味。当然、搾取は発生しない。

 マルクスアダム・スミスを真正面から180度逆にした一つは、スミス流の「人間は、自分自身と家族のために利益最大化を思案しつつ経済的労働をする」という人間の本性を認めず、“転倒の道徳”を神聖視したことが挙げられよう。つまり、マルクスは、家族を維持するために家族構成員同士が助け合っているように「人間は他者のために、社会のために、経済労働をすべきである」という“人間の本性”に反することを倫理・道徳と考えた。

 娘がレイプされるようとしているのを父親が命を棄てて守らんとする自己犠牲の愛情も、息子を大学に行かせるために時間給アルバイトを年365日もする母親の愛情も、それは家族内の倫理道徳であって社会的なそれではない。しかも、人間は、ほんのわずかな例外を除き99.99%は「自分自身か家族か以外の他者のために、利益を求めた経済的労働に人生を捧げることは決してしない」

 だが、ルソーの家族解体を宗教的に狂信するマルクスは、家族解体を断行して、その後に人口が300万人であろうと5000万人であろうと、“超現実の狂妄”「国家全体が、家族になればいい」と思い付いた。家族とは血縁でつながり相互によく知っている間柄のこと。だが、狂人マルクスには、この実在する“家族”と、相互にどの構成員が日常何を欲しているか知ることはできない/接触したことも見たこともない数百万人/数千万人の(そもそも家族ではないのに擬制家族だと詐称した)“国家における、全国民からなる集団”との差異がわからない。

 要はマルクスは、数千万人であろうとも数億人であろうとも、人間は国家権力の強制によって大規模な家族(=共生社会)になれるとの仮構において、「個人は他者のために最大限の経済労働をする」との反現実の真赤な嘘を真理だと宣言した。麻原彰晃の「ハルマゲドン」発見の宣言・洗脳と同じ。

 だが、本当の真理はマンドヴィルが発見しアダム・スミスが大成した「人間は、自分自身と家族のための利益最大化の労働には真剣にやる」&「個人の、この経済的な自己利益追求が、社会全体の経済利益を意図せずして齎す」であった。マンドヴィルがこの真理を発見して発表したのが、『蜂の寓話』。ノーベル経済学賞レベルだが、1705年出版だったため、ノーベル賞がまだなかった。上田辰之助の名訳があるので一読を進める(注6)。緒言を付けた再版は1714年。

 アダム・スミスが心底から感嘆した『蜂の寓話』の偉大さは、「個人が自己の利益追求のための経済活動」は我利慾の行動だから一見すれば倫理道徳的に反するように見えるが、現実には、この「私悪的行為が、社会全体の経済を右肩上がりに発展させて公益に直結する」真理の発見だったからである。だが、「人間が、自分自身と家族のための利益最大化の労働をする」を可能にしている市場を、国家権力は尊重し擁護しなければならないと人類が本当に理解したのは、1991年のソ連邦崩壊によってであった。

 もし逆に、「人間は、自分自身と家族のための利益最大化の労働をする」を可能にしている市場を国家権力が破壊すれば、そのような国家は、苛烈な階級差別、人民からの無限の収奪、人民の国家への隷属と果てしない窮乏化が発生する。旧ソ連北朝鮮が、これを証明している。序なので、スミスがマンドヴィル『蜂の寓話』を咀嚼して解説している箇所を引用しておこう。

「あらゆる個人は、自分自身の安全だけを意図し、またその生産物が最大の価値を持ちうるような仕方でこの産業を方向づけることによって、あらゆる個人は自分自身の利得だけを意図しているわけなのだが、彼は見えない手an invisible handに導かれ、自分が全然意図してもみなかった目的を促進するようになる」

「個人がこの目的を全然意図していなかったことは、社会にとって、常にこれを意図する事よりも必ずしも悪いとは言えない。彼は、自分自身の利益を追求することによって、実際に社会の利益を促進しようと意図する場合よりも、一層有効にそれを促進する場合がしばしばある」

「私アダム・スミスは、公共の幸福のために商売していると振りをする人々が、幸福を大いに増進させた、などとの話を聞いたことがない」(注7)

“悪魔の麻薬”マルクス労働価値説を吸引してラリる池上彰の“正気喪失病”は重態

 池上彰が経文のように念じては狂信する“霊験あらたかな宗教ドグマ”労働価値説について、『資本論』の一節を引用しておこう。

「ある使用価値の、価値の大きさを規定するのは、ひとえに、社会的に必要な労働の定量、またはこの使用価値の製造に社会的に必要な労働時間にほかならない」

「同一労働時間に製作され得る商品は、したがって、同一の価値の大きさを持っている。ある商品の価値の他の商品それぞれの価値に対する比は、ちょうどその商品の生産に必要な労働時間の、他の商品の生産に必要な労働時間に対する比に等しい」

「価値としては、すべての商品は、ただ凝結せる労働時間の一定量であるにすぎない」(注8)

 商品の価値は、市場や交換で売れた価格で決まり、それ以外では産まれない。だが、マルクスの教義に従って、労働一般が価値を生産するなら、走らない故障ばかりの新車を製造するのに投入された労働者の総時間が、トヨタの新車のそれの三倍であれば、六年間無故障&燃費も数倍優れたトヨタの新車の三倍の価格と言うことになる。馬鹿げすぎて、口もきけない。

 が、唖然とするのはここまで。マルクスほどの高いIQで、経済学的or経済社会学的にこれほど飛びぬけたナンセンス誤謬を犯すだろうか、と思い直す必要がある。ちなみに、例示的にIQの序列をすれば、「大内兵衛/向坂一郎/宇野弘蔵中川八洋マルクス<レーニン<ルソー」である。つまり、天才の域にあるIQだから、マルクスの経済社会学的にナンセンスな誤謬は意識した意図的なものでしかありえず、隠された目的のための周到精緻な詭弁だと考えられる。

 特に、第一篇第一章「商品」で、漂流者ロビンソン・クルーソー(デフォーの小説の主人公)にかなりの頁数を使い言及するのは(138~41頁の丸四頁)、誤謬に見せかけた“狡猾なマルクス流すり替え”を示唆している。無人島での孤立人は自分一人が生きるため食料や道具を獲得・製造するが、「交換」がないから、それらは「商品」ではない。よって「生産」でもない。がマルクスは、無人島における「たった一人」の「製造物・収穫物」をもって、「多くの人間」からなる「共同体の総生産物」にすり替える。

「自由な人間の協力体における人々は、共同の生産手段をもって労働し、彼らの多くの個人的労働力を、意識して一つの社会的労働力として支出する。ロビンソンの労働のいっさいの規定がここで繰り返される」

「ロビンソンの全ての生産物はもっぱら彼の個人的な生産物で、したがって彼のための使用対象であった。この無数の自由人からなる協力体の総生産物は一つの社会的生産物である。その生産物の一部は再び生産手段として用いられるが、依然として社会的である」(注8)

 このマルクスの言説から、マルクスが、「多人数からなる協力体=孤立した一人」「協力体の総生産物=個人使用のための収穫物・製造物」「多人数の個人労働力の総和=一人の社会労働力」と考えているのがわかる。これは重症状の精神分裂病に犯されたマルクスに発症する狂気の思考なのだが、そんなことは、今は脇におく。

 問題は、この思考の核心を突き詰める事。つまり、マルクスは、共産社会の経済体制を、その構成国民数が五千万人であろうとも一億人であろうとも、いわば巨人のような「一人」に考えている。「五千万人=一人」である。だから、「五千万人の労働力の総和=一人の社会労働力」となるのは当然。  

 この論理において、国家全体には「商品」はゼロとなり、また「交換」もなくなる。さらに、国家は「一人」なのだから、何を欲し何を生産すべきかは自ずから自明で明確だから、需要と供給の信号や情報を唯一に発生する「市場機能」は不要となる。  

 以上の事柄は、労働価値説とは、その表面上の文言とは一切関係なく、数千万人以上の国民からなる大規模な国家すらも、孤島における一人の人間の生活と同一視するための反・学問の論理仮説だったことを暴いてくれる。ソ連は、計画経済を実行した七十年間、一貫して国境を閉じて大海の孤島のごとき閉鎖し、国家全体を刑務所とした。この閉鎖社会化/国家刑務所化は、マルクスの労働価値説を導入する場合の、絶対に避けられない大前提であろう。  

 ソ連では、共産党幹部の特権階級「ノーメンクラツーラ」を除き)すべての国民が農奴以下の奴隷・家畜or刑務所の囚人に扱われたのは、国民一人一人は人間であってはならず、あくまでも“人工的に造られた鋼鉄の一巨人=ソ連”を形成するために集合・凝固させられた大量のボルト・ナット群になること以外の選択肢が禁止されていたからだ。ソ連では、人間改造、つまり一般通念の人間から人間性の全てを剥ぎ取られて無機的なボルト・ナットになる人間改造が絶対とされ、その手段にピオニール/コムソモール等における洗脳ならびに重労働強制収容所/無差別処刑の国家テロルが常態化したが、それなしには労働価値説の維持はできず、労働価値説を堅持するための必然策だった。

 なお、レーニンのロシア共産革命成功後における、マルクスの労働価値説の導入に関する当時の経済計算について、山本勝市の古典『計画経済の根本問題』第四章は(注9)、必読すべきだろう。

 ところで、紙幅が足りなくなった。池上彰の戦争狂と貧困促進屋性の問題については、次回以降で言及する。

(3月3日記)

 

注  

1、ハックスリー『すばらしい新世界』、講談社文庫。  

2、ジョージ・オーウェル1984年』、ハヤカワ文庫。村上春樹の『1Q84』は、このオーウェル作品の表題を剽窃している。ただ、表題は著作権法の保護対象ではないから、村上には違法性はない。  

3、ソルジェニーツィン収容所群島』、新潮社、全六巻。  

4、コンクェスト『スターリンの恐怖政治』上下、三一書房、1976年。原著『The Great Terror 大テロル』は1973年。なお、コンクェストには、もう一つの偉大な名著『悲しみの収穫 ウクライナ大飢饉』、恵雅堂出版、もある。これ等は、保守知識人を目指すエリート大学生の必読。  

5、クルトワ/ヴェルト共著『共産主義黒書』、恵雅堂出版。  

6、『上田辰之助著作集』第四巻、『蜂の寓話』、みすず書房。  

7、アダム・スミス『諸国民の富』第三巻、岩波文庫、56頁。  

8、マルクス資本論 一』、岩波文庫。75頁、141頁。  

9、山本勝市『計画経済の根本問題』、理想社、1939年。

2018年3月21日 (水)

赤い池上彰さん、佐藤優さん、内田樹さん

 平成の論壇で大活躍する池上彰さん、佐藤優さん、内田樹さんの三氏について、中川八洋掲示板の記事を読み、たいへんな感銘を受けました。
 
 一人でも多くの方々、とくに学生や子供たちに読んでもらいたいと願います。
 
 中川八洋・筑波大学名誉教授の許諾を得て、このたび転載させていただきました。
中川教授の御厚意に、深謝する次第です。
 
2018-03-16

 

 
筑波大学名誉教授   中 川 八 洋
マルクスに狂う極左人士は、例外一人として無く、三つの異常な犯罪を志向する。彼らは“猛毒の阿片”マルクス資本論』を吸引することによって、「国民の貧困を極限化」「戦争誘発と戦争永続化」「国民に対する無制限大量殺戮」の三犯罪を“三位一体”で信仰するに至るからである。  

 この“三位一体”「国民の貧困を極限化」「戦争誘発と戦争永続化」「国民に対する無制限大量殺戮」の教典が、マルクスの『資本論』であるのはつとに誰でも知っていること。しかし、共産党員・池上彰と“稀代のアナーキスト佐藤優は、この自分たちの狂気の信条を隠蔽すべく、それを反転させる転倒語法(=ジョージ・オーウェルが導入した新概念「ニュー・スピークス」)を駆使して、『希望の資本論』だと詐称し嘘宣伝に努めてきた。

 が、改めて指摘するのは教養ある読者に失礼だが、『資本論』とは、人間をこの世で“絶望の地獄”に叩き落すことを目的として書かれた“悪魔のカルト宗教経典”である。池上彰佐藤優嘘八百の雑談に興じているだけのお粗末対論『希望の資本論』は、少なくとも『絶望の資本論』と正しい原題に戻すべきだし、より正確には『血塗られた資本論』と改題すべきである。  

 池上彰佐藤優とが『絶望の資本論』『血塗られた資本論』を、嘘ラベル『希望の資本論』という笑止な仮面を『資本論』にかぶせた理由は、二十世紀に起きたかつてのレーニン/スターリンによる自国民大量殺戮(6600万人)」をもう一度、この日本で再現させたいと狙っているからである。その方法は、①ロシアと中共に日本を侵略させ日本列島全体を戦場として破壊尽し日本を阿鼻叫喚の地獄にしておいて、②この破壊の上に樹立される露中の“代行政権”「共産党独裁政府」によって国民に対する無限の収奪と殺戮を実行すれば、いとも簡単に実現する。

 マルクス資本論』の吸飲者が必ず「反戦・平和」を絶叫するのは、ロシア・中共の対日侵略において日本の国防力を無力化するため。コミュニスト達のマルクス資本論』大宣伝と共産党の「反戦・平和」運動が完全に整合するのは、一つのコインの裏表だからだ。いずれも、日本と日本国民とを無限の収奪による極限の貧困と殺戮の巷に誘導する“悪魔のハーメルンの笛”である。  

 なお、戦争は侵略による対外膨張の戦争もあれば、国防力の不足による隣国から侵略される戦争もある。いずれも戦争であることに変わりはない。しかも戦争には、この二種しかなく、またこの戦争発生頻度は同数である。

 双方の戦争における相違は、前者は国家の意思や一部国民の熱狂によって発生し、後者は平和の意思や願望が踏みにじられることで発生する。池上彰朝日新聞等の共産主義者達の反戦平和運動とは、国防力の不足による隣国から侵略される戦争を目指すもので、「平和」の嘘仮面を疑われにくく、戦争狂・戦争主義者がもっとも活用する運動形態。すなわち、「反戦・平和」運動には、血塗られた自国民大量殺害の犯意が透け透けに見える。見えないならば、それは頭が悪すぎる。

資本論』から漂う、マルクスの本心「労働者と農民を殺せ!殺せ!」を隠す池上彰

 マルクスを狂信する者で、レーニンを狂信していない者は世界中に一人もいない。だから、マルクス・レーニン主義者のことを、それと全く同義でマルクス主義者ともいうのである。レーニンはマルクス(のカルト宗教)教義を実践するために1917年11月に権力を掌握したのであって、このことは『国家と革命』(1917年、注1)を読むまでもなく、自明であろう。  

 また、実際にも、レーニンの水準で、マルクスの膨大な諸著作を正確に読みこなし正しく理解した者は、世界中でもそんなに多くはない。すなわち、“悪魔の教典”『レーニン全集』(全57巻、第5版、日本共産党の直轄出版社・大月書店)は、教義を担当した“悪魔の教典”『マルクスエンゲルス全集』(全53巻、大月書店)の実践篇である。両者は、双子の兄弟というより、双頭のシャム双生児。  

 だから、マルクス共産主義人間を定義(=夢想)した通りの共産主義人間を作りあげるための、現実に人間をその方向に改造する具体的方法はレーニンが考案した。例えば、次のは、その一つ。

「(隠居老人や病人を含めて)《働かざるものは食うべからず》―これが社会主義の実践戒律である。これこそ実践的に組織すべき点である」  

「金持ち、ペテン師、座食者に対する何千という実践的な記帳と統制の形態と方法は、(独裁共産党指導下の)コンミューン自身が、農村と都市の小さい細胞自身がつくりあげ、実践の上で試してみなければならない。・・・ロシアの土地からあらゆる種類の害虫/蚤すなわちペテン師、南京虫すなわち金持ち、その他などを一掃するという、ただ一つの目標を達成しようとする場合の成功の保証である」  

「あるコンミューンでは、十人の金持ち、一ダースのペテン師、半ダースの仕事を怠ける労働者を投獄するだろう。次のコンミューンでは、彼らに便所掃除をさせるだろう。第三のコンミューンでは、拘禁を勤め上げたのち黄色の鑑札を与え、彼らが矯正するまで全人民が妨害分子として彼らを監視するだろう。第四のコンミューンでは、座食行為(仕事を怠けること)を犯した十人のうち一人をその場で射殺するだろう。・・・」(革命一ケ月半後の1917年12月末執筆、注2)。

 このレーニンの命令は、実際にも、この通り以上に厳格かつ残忍に実践された。特に、第四のやり方「座食行為(仕事を怠けること)を犯した十人のうち一人をその場で射殺する」は、ロシア全土で徹底的に実行された。ここでは引用を省略するが、コンクェストの『スターリンの恐怖政治』やクルトワの『共産主義黒書』を読めば、一目瞭然。なお1921~2年、東シベリアではまだ日本人の商売人などが自由に行き来できた最後だが、彼らは「道端に餓死した老人の死体がゴロゴロ転がっていた」との目撃談を帰国後に語った。が、朝日新聞その他はこれを報道しなかった。自主検閲である。

 しかも、このコンミューン共産党員による「無辜の国民を十名ごとに一人づつ無差別殺害」よりも、もっと陰惨な国民殺しが、国家機関として実行されるようになった。それが、現在のロシア大統領プーチンの古巣KGB第二総局の、その元組織「チェーカー」による無差別拷問をした上で処刑するやり方の国家テロル・大量殺戮である。レーニンは、共産党員の中でも極端に目立つ残忍な殺人を楽しむ狂人ジェルジンスキーを、この「チェーカー」長官に任命した。

 なお、「チェーカー」については、リチェルソンの『剣と盾』(注3)などが入門書として有益だろう。そして、1917年12月に創設のチェーカーによる対国民テロル体制を構築していくに、レーニンこそが、その先頭に立った。これについての参考文献には注4などがある。  

 レーニンとジェルジンスキー二人三脚での国民無差別&大量殺戮の陰惨な実際の情況は、次節に譲る。このレーニンの大量無差別殺戮方針は、カーメネフジノヴィエフらは批判的だったが、ブハーリン/トロツキー/スターリン共産党指導部の多数が支持した。ブハーリンの『過渡的経済論』は、上記のレーニンの無差別殺戮を支持し、次のように述べる。   

銃殺刑に始まり、(強制の)労働義務に終わるプロレタリア的強制のあらゆる形態は、いかに逆説的に聞こえようとも、資本主義時代の人的素材から(資本主義に汚染されているのを除染して)共産主義的な人間をつくりあげる方法なのである」(注5、1920年、カッコ内中川)。  

 最低でも十人に一人を無差別に殺す、すなわち(国民人口が一億人ならば一千万人という)国民の人口の一割を無差別殺戮することを共産国家ソヴィエト建設の不可欠条件と考えたレーニンやブハーリンらの狂気のマルクス主義は、道徳的な善悪や倫理的な正義・不正義が目的によって定まると、絶対普遍である倫理道徳を、あろうことか価値相対主義で破壊するマルクス流殺人鬼の論理に立脚する。マルクス・レーニン主義の、この血塗られた価値相対主義は、上記『過渡的経済論』の邦訳153~4頁でも展開されている。興味のある読者は、是非とも読まれるよう勧める。  

 マルクス・レーニン主義の価値相対主義を全面的に正当化すべく理論化したのが、法哲学者ハンス・ケルゼンであった。一方ケルゼンとは逆に、ソルジェニーツィンは、共産主義者の「善悪の区別を取っ払った価値相対主義」を、狂気だと鋭く非難する(注6)。  

共産主義者道義のあらゆる絶対的概念を否定することを隠したことはありません。共産主義者は、疑いを容れないカテゴリーとしての善と悪の概念を嘲笑しています。共産主義者は善悪の相対性という(狂った)考えを全世界に感染させるのに成功したのです」(注7、カッコ内中川)。  

 なお、このブハーリンに傾倒・心酔した日本の共産主義者が、かつて日本共産党委員長だった不破哲三。「不破」は、ブハーリンの「ブハ」を文字ったペンネーム。なお、「哲」は「鉄人スターリン」の「鉄」から、「三」は野坂参三の「三」からとっている。

「レーニン善人/スターリン悪人」は真赤な嘘。レーニンこそスターリン以上の超極悪人

 ところで日本では、真赤な嘘歴史「国民に対する国家テロルは、スターリンが開始したもので、レーニンはそうでは無かった」が蔓延している。レーニンを美化するため、共産党が1953年3月のスターリンの死後から徹底的に展開した偽情報宣伝。なのに、日本人全員がこれに洗脳された。日本人の知能指数は、お粗末どころではない。『共産主義黒書』とも一致し、歴史学的に完全に正確な、次のソルジェニーツィンの警告を、日本人は煎じて飲む必要がある。  

スターリニズムなどというものは、いまだかつてあったことはないのです。これは共産主義のあらゆる根本的罪過をスターリンにおっかぶせるためにフルシチョフ一派が思いついた言葉です(注8)。・・・実際はスターリンの前にすべてレーニンがやっていたのです」  

「土地で農民を騙したのはレーニン、自主管理で労働者を騙したのはレーニン、労働組合を抑圧機関にしたのはレーニン、チェーカーを創ったのはレーニン、重労働強制収容所を創ったのはレーニン、周辺民族の弾圧も周辺国家への帝国主義的侵略もレーニン」(注7)。

 要は、スターリンの大虐殺は、レーニン主義を継続するその継承で連続。「スターリン主義」とすべきものは何一つ存在しない。そして、レーニン主義とは、マルクス主義の実践篇で、猛毒のマルクス主義の土壌に咲いた、大量殺人に爆走する赤い花の戦車群である。  

 このレーニン主義の元祖マルクスが、血を見るのが大好きである事については、多くの証拠がある。がマルクスは、共産主義的人間への人間改造の方法としての大量殺戮については、示唆するに留めて、明確な表現を避けた。その個所を以下に紹介しておく。これだけでもマルクス経済学が経済学ではないことは明瞭だろう。マルクス経済学とは、人間を殺戮し続ける“反・人間の究極”を追求した“悪魔のカルト宗教”であって、それ以外ではない。当然、経済学とは全く無関係、全く無縁である。マルクスは、次のように述べた。  

「(ダーウィンの進化論に従った)人間種族の能力の発展が、たとえ最初は、多数の個人や人間階級さえも犠牲にしてなされるとしても(大量に個人が殺戮されるとしても)」

「(共産主義的人間に進化するという)個人のより高度な発展は、個人が犠牲にされる(=間引き的に大量殺戮される)歴史過程を通じてのみ達せられる」(注9)。

「古い社会の血生臭い死の苦しみと新しい社会の血に塗れた産みの苦しみを短くし、単純化し、一つに纏める手段はたった一つしかないということ、そのたった一つの手段とは革命的テロリズムだということ」(注10)。

 レーニン主義とは、このようなマルクスの人間改造・殺戮の勧めに従っての実践だった。マルクス本人はむろん、レーニンであれ、レーニンの下に集まったトロツキーブハーリンスターリンであれ、殺戮の過程によって人間は初めて共産主義的人間に進化する(=発展する)と堅く信仰していた。カルト宗教の狂気の狂信と同じ。

 しかもマルクスらが“この世に到来する”と妄想した「共産主義的人間」は、海月か幽霊か、そのような実体のない「漠然」だった。現実に存在する人間を雑草としか観なかったマルクスは、『資本論』の執筆時では「共産主義的人間」=「無欲で労働し続けるボルト・ナット」をイメージしたようだが、これすら「漠然」で、具体的には詰めてはいない。そもそもマルクスは、「共産社会を目指す」を吹聴・煽動しながら、この最終目的地「共産社会」について具体的定義をいっさいしていない。「共産社会」は、“画餅”以前の「語餅 ごぺい 空語」である。

人類史上、最も残忍で最も大量人民殺戮を実行した“マルクス教の優等生”レーニン

 2001年に邦訳が出たクルトワほか『共産主義黒書』(原著1997年)の売れ行きは良かったなどの話は聞いたことがない。もし『共産主義黒書』が日本で広く読まれていたら、池上彰の『高校生が必ず投げ捨てる資本論』や佐藤優との共著『絶望の資本論』など出版されていないだろう。  

 “人類史上最凶の悪魔”レーニンは、1917年11月に非合法で権力を握るや、その権力維持のため、国民を銃殺と餓死で「殺し尽くす」策を採り、躊躇うことなく実行した。1917年12月に無差別殺戮機関「チェーカー」を創設し、翌1918年8月からは“この世の生き地獄”「強制収容所」をロシア全土に造り続ける事を開始した。「チェーカー」は、発足時は僅か「百名」だったが、一年後には「四万人」となり、丸三年後の1921年年頭には「二十八万人以上」に膨張した。拷問好き・殺人好きの精神異常者が優先的に採用された。

 なお、「チェーカー」は、その後GPUゲーペーウー)等、数回の組織編成を経て、ソ連崩壊後のFSBとなるKGB第二総局がその中核後継機関だった。プーチン大統領もその父親も、このKGB第二総局に勤務。父親はプロの暗殺者で生涯を終えた、階級は軍隊でいえばKGBの万年軍曹であった。プーチン本人はエリートで、退官時はKGB大佐であった。  

 レーニンは、1917年12月から1922年末まで丸五年間だけでも五百万人のロシア人を殺戮した。餓死者五百万人がこれに加わる。年間平均殺戮数では、スターリンを凌ぐ。レーニンの殺戮方法は無慈悲を極め、「残忍」などの言葉では足りない。二、三の例を『共産主義黒書』から挙げておこう。

 1919年3月、ヴォルガ川河口の町アストラハンでいくつかの工場がストライキに入った。スト参加の労働者とソ連共産党ボルシェヴィキ)反対者2000名~4000名が、溺死と銃殺で直ぐに殺された。溺死の方法は、このヴォルガ河に浮かべた平底船に乗せ手を縛り首に石をぶら下げ、その後この船の底に穴を開けて沈めるやり方。この後、富裕層を600~1000名を追加銃殺した(注11)。

 レーニンは“労働者の天国”を造るのではなく、マルクスの教えに従い、“労働者と人民の大量殺戮”こそが“(到来しない)共産社会づくり”の一過程だと堅く信じていた。さらに食料の配給制度とは、権力者の恣意と命令で「配給しない」行政ができることで、レーニンはこの無配給制度を活用した餓死処刑を、ストライキをする労働者やインテリ層に対して、徹底的に活用した。  

 苛斂誅求の食糧徴発、農民の兵士徴用、馬匹の徴発などに反発する農民の蜂起に対しては、レーニンは峻烈を極めるやり方で鎮圧した。爆撃機による爆弾投下で村ごと焼き尽くした。毒ガスも使用した。近隣の森に逃げ込んだ逃亡農民の場合、その家族を人質にし各家族から一人づつを銃殺し、驚いて森から出て戻ってきた投降の蜂起農民をことごとく処刑。さらには不毛と極寒のシベリア強制移住させた。  

 例えば、農民しかいない(ドン河の某)コサックの村を破壊するに、1920年10月、その完全破壊作戦終了後の報告書には次のように書かれている。強制移住とは、そのほとんどが餓死・病死・凍死で処刑されることであった。  

「カリノフスカヤ村;全村焼却。全住民(4220人)は強制移住または退去。エルモロフスカヤ村;全住民排除(3218人)、ロマノフスカヤ村;1600人強制移住。1661名移住待ち。・・・」(注12)。  

 このような殺戮と強制移住策をもって、ドン河とクバンのコサック村地域における全人口300万人のうち、30万人から50万人が殺され強制移住(=行方不明)になった。レーニンの方針「国民の一割を必ず殺す」は、余す所なく実行された。  

 レーニンは、播種用の種籾まで徴発する、自分たちの狂気の食糧徴発で餓死した屍体累々の農村の酸鼻極める荒廃と惨状を知るや、1921年7月、さらなる食糧徴発をせよと、命令「食料収集機構を強化して、農村住民に完全納税の政治的・経済的重要性を説明して、宣伝活動を盛んに行い、…現物税(食料)収集機関が党の権威と国家の全懲罰機構とを活用せよ」(注13)を発した。マルクスの教えに従って、農民を残虐に皆殺しする意図なしにはできない。

 ついでに、レーニン発案の凍死処刑のやり方も紹介しておこう。「命令通りの食糧を供出できなかった農民には、まず暖房のない納屋に監禁して鞭打ち殺すぞと脅す」「次に、完納しない者を丸裸にして厳寒の中を走らせる」「最後には、裸のまま雪の中に掘った穴に押し込める」「・・・・・」(注14)。

マルクス狂”池上彰は、佐藤優/内田樹らとともに、日本人の数千万人殺戮を狙う

 以上のように、マルクスとレーニンの思想と行動の一端をほんの少しでも知れば、マルクス資本論』を自分だけこっそりと信仰するのではなく、それを次世代に教宣し日本を“第二のソ連”に革命したいと、野獣の数億倍も危険な国家犯罪(日本国民に対する無差別・無制限の大量殺戮)を企てている池上彰的場昭弘佐藤優内田樹を拱手して放置しておいてよいかの問題に、われわれ真正の日本国民が直面しているのを痛感するだろう。内田樹には『若者よ マルクスを読もう』(2010年、共産党員出版社「かもがわ出版」)がある。佐藤優内田樹の血統は、北朝鮮人。

 自由社会の日本国とその子孫の自由と安全と繁栄のために、刑法に「大量殺戮予備罪」を新設し、池上彰/的場昭弘/佐藤優/内田樹らを死刑か、少なくとも終身刑にして永久に刑務所に収監して隔離することを、急ぎ検討すべきである。マルクス狂徒とは不可避に大量殺人鬼である。この事実は、「太陽が東から昇る」と同じほどの、不変の真理である。

 もし「次代の日本人のために、池上彰/的場昭弘/佐藤優/内田樹らを死刑にしておかねば」と考えない日本人とは、倫理道徳を喪失した腐敗人間であるだけではなく、人間性を失った非人間だということになろう。

 

1、レーニン『国家と革命』、『レーニン全集』第25巻。中央公論社「世界の名著63」の『レーニン』にも所載。

2、『レーニン全集』第26巻、422~3頁。

3、リチェルソン『剣と盾』、時事通信社

4、George Legett,“Lenin,Terror and the Political Police(チェーカー)”,SURVEY 21.

5、ブハーリン『過渡的経済論』、現代思潮社、212頁。

6、倫理道徳や法的正義・不正義の価値は、人類が記録を持たない時代からの“絶対”価値であり、この絶対価値性は地球広く普遍的であった。だが、レーニンらの共産主義者は、人類史上初めて「共産化を目指す限り、餓死処刑や焼却処刑を含めふんだんな無差別銃殺による大量殺人は正義であり善である」と嘯き実行した。独裁権力者は恣意的な殺人権を行使できるとしたルソー淵源のドグマをヘーゲル弁証法でデッチアゲた血塗られた大詭弁。これは善悪の絶対的区別を否定し、善と悪とを相対的としたので、学界では「価値相対value-free主義」と言う。

7、ソルジェニーツィン『自由への警告』、新潮社、56頁、60~1頁。

8、『フルシチョフ秘密報告《スターリン批判》』、講談社学術文庫

9、マルクス剰余価値学説史Ⅱ』、『マルクスエンゲルス全集』第26巻第2分冊、大月書店、143頁。

10、マルクス「ヴィーンにおける反革命の勝利」『マルクスエンゲルス全集』第5巻、457頁。

11、『共産主義黒書』、恵雅堂出版、96頁。

12、仝上、110頁。

13、仝上、130頁。

14、仝上、129頁。

2017年9月 1日 (金)

「小中一貫校」「義務教育学校」は、私立中学校を潰す赤い秘策

 全国初の施設一体型公立の学校である「義務教育学校 品川区立日野学園」のホームページによれば、驚くべきことに、小学校と中学校の区別がない。通常の中学2年生は、「8年生」と呼ばれるそうである。
http://school.cts.ne.jp/hinogaku/kyouiku.html
 
施設一体型の特徴を生かし、9年間一貫した系統的・継続的な教育活動を実施
品川区では、平成18年4月からすべての区立小・中学校で、小中一貫教育(共通の教育内容)を実施しています。
小中一貫教育では、小学校6年・中学校3年という壁を取り払い、系統的・継続的な教育活動を行います。

9年間継続した指導のもとで学習に取り組むことで、小学校から中学校への学習の接続を意識した指導を実現し、9年間継続した系統的な学習に取り組むことができます。

日野学園は、品川区における最初の一貫校として、常に最前線の一貫教育に取り組んでいます。
また、カリキュラムは、小学1-4年生までと小学5年生ー中学3年生までを区別すると書いてある。
 
http://school.cts.ne.jp/hinogaku/housin.html
・1年生~4年生・・・「根っこの時間」
・5年生~9年生・・・「ステップアップ学習の時間」
このような公立の小中一貫校は、東京では渋谷区(区長が社民党
)や八王子市などで増えている。
 通常の6-3-3制とは全く違うカリキュラムになるのだから、教育現場は大混乱するだろう。 また、「義務教育学校」であれば、現行の「6・3制」のほかにも、「4-3-2制」、「5-4制」、いや「1-8制」「8-1制」など、地域の実情に合わせて設置者が区切ることが可能となった。仮に「8-1制」となれば、中学生が小学生として扱われることになる。
 
 こんな教育の根幹に関わる強大な権限を、地方自治体に与えてよいのか?と誰しも疑問に思うだろう。
 
 普通の小学校から小中一貫校に転校した場合にも、その逆のケースであっても、小中一貫校間の転校であっても、カリキュラムの違いに生徒たちは戸惑い、落ちこぼれが急増するだろう。
 そんな大混乱期を経たのちに、すべての公立小学校・中学校を「義務教育学校」にしてしまおうという世論を喚起する文部科学省の赤い策略は、すでに見え透いている。
 どうやら赤い文部科学省/地方自治体は、「小学校」「中学校」という概念・言葉を過去のものにしようとしている。
 また、私立中学校で小学校を併設しているところは少ないので、すぐに「義務教育学校」になることを強制されるということはないだろう。
 しかし、義務教育学校の小中一貫校を「中退」までして、私立中学校に進学することをためらう生徒/保護者が増えるのは明らかである。また、「中学校」という言葉が死語同然になるのであれば、「私立中学校」の存在意義が不明瞭となる。ただでさえ出生数が激減しているのであるから、遠からず私立中学校の大倒産時代」を迎えることは避けられないが、「義務教育学校」はそれに拍車をかけるだろう。
 私立中学受験という自然発生的な文化は間違いなく大衰退し、SAPIX、浜学園といった塾産業の経営も、大ダメージを受けることは必定である。
 「小中一貫校」「義務教育学校」という制度は、そのようなこと初めから織り込み済みで導入された、「ゆとり教育」の延長線上にある、日本の教育を潰す過激な赤い革命政策である。

2017年8月31日 (木)

国立大学付属校潰しを決意した赤い文部科学省

国立大付属校に「脱エリート化を」 学力でなく抽選に?

8/29(火) 19:12配信

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170829-00000085-asahi-soci

 

 国立大学の付属校が「エリート化」し、本来の役割を十分に果たせていないとして、文部科学省の有識者会議は29日、学力テストではなく、抽選で選ぶことなどを求める報告書をまとめた。学習能力や家庭環境などが違う多様な子どもを受け入れ、付属校での研究成果を教育政策にいかしやすくすることが狙いだ。2021年度末までに結論を出すよう、各大学に求めた。

(中略)

■有識者会議が国立大付属校に求める主な改革

学力テストを課さず、抽選など多様な選考を実施

・同じ国立大付属校間の無試験の「内部進学」などを見直す

・教員の多忙化解消などで公立校のモデルをめざす

・30~40年の長期間の教職生活を視野に、教員の研修機能を強化

・2021年度末までに結論をまとめ、できるものから実施
(引用終わり)
 この改革では5つの課題のうち、終わりの3つは蛇足といえよう。
 主眼は、「学力テストを課さず、抽選など多様な選考を実施」である。
 これにより、筑波大付属駒場高校、筑波大付属高校、学芸大学付属高校など、伝統ある一流高校からの東大合格者数は、数年のうちにゼロに近くなるだろう。進学校ではなくなるということだ。
 
 もちろん、付属の中学にも、優秀な生徒は誰も行かなくなる。
 
 「多様な選考」などという曖昧な入学基準であれば、誰が一生懸命に受験勉強に勤しむというのだろう。
 
 日本の公立小学校/中学校が、腐りきっていることは周知の事実である。
 脱ゆとり教育とはいえ、週休二日、ハッピーマンデー、授業の形骸化(体育、図工、音楽、課外活動などがやたら多い)、学力競争の否定(点数での相対評価をしない)、教師の質が最低レベルであることはなんら変わっておらず、実態としてはニート/フリーター予備軍の養成所と言って過言はないだろう。
 それをかろうじて救っているのは、名門中学/高校へ進学したいという生徒の健全な意志、そしてそれを支える民間の塾産業である。
 この薄ら寒い現状で、受験勉強そのものが無意味となってしまえば、日本の教育は完全に息絶える。生徒の学力は先進国と自称するのも恥ずかしいような断トツ最下位となり、あらゆる産業は国際競争力を完全に喪失するのは目に見えている。
 今回の「国立大付属校潰し」とは、受験勉強を無意味にして、塾産業を片っ端から倒産させ、国民をバカにするための、「ゆとり教育」とは同工異曲の赤い革命戦略である。
 
 もちろん、「私立の名門中学/高校潰し」を狙う赤い二の矢が準備されている。
 それについては次項に譲る。
 

2016年8月24日 (水)

南部仏印進駐に大賛成する上念司と倉山満

上念司・倉山満『ネオ東京裁判-掟破りの逆15年史』
 
 
  「近衛政権末期」は、上念司の得意なフレーズであり、本書にも書いてある。
 
 本書のみならず、上念司が中川八洋『大東亜戦争と「開戦責任」―近衛文麿と山本五十六』をパクりまくっている のは有名である。
http://hoshuichiro.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-a989-1.html
 
 
 しかし、上念司・倉山満『ネオ東京裁判-掟破りの逆15年史』には、中川八洋『大東亜戦争と「開戦責任」―近衛文麿と山本五十六』を引用文献と書いているわけではない。
 上念司と倉山満は塾講師クズレの物書きであり学者ではないから、先行業績を無視する破廉恥な所業が臆面もなくできる。
 そして、上念司・倉山満『ネオ東京裁判-掟破りの逆15年史』は、中川八洋『大東亜戦争と「開戦責任」―近衛文麿と山本五十六』を引用なしで陰険に揶揄して、 近衛文麿を擁護するのが目的であるようだ。
 
 
 南部仏印は現在のベトナムであり、戦略の要衝である。 
 
 南部仏印から米領フィリピン、オランダ領インドネシアへの侵略は容易である。
 実際にも、日本は南部仏印をしたのちに、フィリピンとインドネシアを占領した。
 
 南部仏印進駐(1941年)当時のフランスは、ナチス・ドイツの傀儡・ヴィシー政権であった。 
 ナチス・ドイツが許可したから国際法上はとりあえず合法とはいえ、そこに日本が南部仏印進駐をすれば、世界は日本をナチス・ドイツと同じ危険な侵略国と見做すのは当然である。
 英国と米国は、ただちに経済制裁を発動したし、米国は石油を日本へ輸出しなくなった。
上念司・倉山満によれば、日本の南部仏印進駐に怒った米国が一方的に悪いそうである。
 日本の南部仏印進駐が、事実上の英米への宣戦布告であったのは、小学生でも知っている歴史事実である。
 言うまでもないが、南部仏印進駐を強引に主導したのは近衛文麿総理大臣であった。
 そんな事実を全面的に擁護するのが、上念司・倉山満という矯激な反日・反英米・親ナチス・親ソ連/ロシアで中央大学卒の塾講師クズレかつ無断引用常習の歴史偽造コンビである。
P89
倉山 日本の国策として、満蒙を防衛してソ連の脅威に対抗する北進論と、インドシナ半島など南方に戦略物資を求める南進論がありましたが、結局は南進論をとり、普通に平和進駐をやっていたんですよ。ところが朝日新聞史観では、日本が仏印進駐みたいなことをするからアメリカを怒らせ、ポイントオブノーリターンを超えたというんです。平和進駐がなんで怒られるんでしょうね。
上念 フランスはドイツに敗北して、ヴィシー政権になっていたわけでしょう。仏印でも一応、フランスの役所などは全部残して、単にフランス軍がいなくなったから日本軍が代わりに駐留しているだけだった。
P90
倉山 アメリカ擁護論者によれば「南部仏印進駐によってフィリピンが日本からの攻撃の射程範囲に入ったからだ」というのですが、だから何なんだ。
上念 もともとフィリピンなんて、台湾から見たらとっくに射程範囲です。
倉山 そうです。そんなもん、とっくに前提になっている形だったじゃないですか、いまさら何なんですか、ということですよ。
 
 
 
 
 

2016年8月19日 (金)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉙

 「皇国史観」で偽装したマルクス・レーニン主義者の平泉澄とは、8・14宮城クーデター事件の黒幕であった。
 
 田中卓(皇学館大學名誉教授)とは、平泉澄の愛弟子だから当然なのだが、教条的な天皇制度廃止論者である。
 
 小林よしのりが『ゴーマニズム宣言』で白状しているように、その過激な女系天皇論は田中卓に指南されたものだ。
 
 西尾幹二にとって、田中卓は「師範格」であるそうだ。
 
 田中卓の薫陶を受けている所功(京都産業大学名誉教授)・高森明勅(職業不詳)と言えば、女系天皇煽動のトップランナーであり、実質的には教条的な天皇制度廃止論者である
 西尾幹二は、田中卓、所功、高森明勅の3人がいずれも「皇室を深く崇敬している」と繰り返し擁護してあげている。
 
 瀬島龍三を愛国者だったと強弁するクライン孝子に、西尾幹二の手口はとてもよく似ている。
 
http://hoshuichiro.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-dc3f.html
 平泉澄の門下生で8・14宮城クーデター事件の主謀者だった逆臣・阿南惟幾(陸軍大臣)を、ポツダム宣言受諾に大賛成の和平派だったと牽強付会してあげる上念司/倉山満の赤いコンビと、西尾幹二の手法は瓜二つである。
http://hoshuichiro.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-4b62.html
 
 
P231
 三氏に共通するのは古代日本史の専攻であること、文献学史の信奉者であることで、皇室に並み以上の崇敬感情を抱く位置におられることだ。
P233
 三氏はあまりに永年にわたって皇室を敬慕し、天皇の歴史の細部に親熟しているうちに、現代の一般民衆の普通の常識を見失っている。
(引用終わり)
つづく

2016年8月18日 (木)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉘

 西尾幹二は、天皇制度が消滅しても自分の心は痛まないという本心を吐露している。
だからこそ、これほどまでに執拗かつ陰険に皇族への攻撃ができるのだろう。
P223
しかし、半世紀ぐらい先に、本当に天皇の制度の廃止ということになったときに、少しも困惑せず、ああそうか、ついになくなったのか、と一瞬の溜息を漏らすだけで終わって、あとは知らん顔をしてしまう人々、それが彼らなのである。
 そして、そういう彼らを私はいま無自覚な現代の知性として嘲笑ってしまうことが必ずしもできない。なぜなら、その「彼ら」は私たちのなかに、否、私の中にも一部住んでいるからである。
(引用終わり)
つづく

2016年8月17日 (水)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉗

 西尾幹二は、あろうことか皇太子殿下に対して、潔く非を認めて国民に向かって謝罪しろ!と命令する。
西尾幹二は、自身を皇祖神だと信じているのだろう。
 
P78
成熟した男子である皇太子殿下にとりあえず国民が期待しているのは、天皇ならびに国民医向けた謝罪のニュアンスのある言葉、今度の事件全体を統括した他の手の影響のないご自身の言葉である。自分たち三人家族は幸せに暮らしていますというメッセージだけではもう十分とは言えない段階で、国家と国民を慮った、自分のファミリー側の落ち度にも言及したお言葉が欲しい。
(引用終わり)
つづく

2016年8月16日 (火)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉖

 西尾幹二は、皇太子殿下と雅子妃殿下の夫婦関係がギクシャクしているのではないかとまで憶測で書いてしまう。
 
 西尾幹二の下劣な勘ぐりは、もはや不敬という言葉では表現しきれない。
 
 西尾幹二の肩書は、「皇族パパラッチ」が適切であろう。
 
P73
『文藝春秋』の斎藤氏の考え方を私は今回重視したが、他に判断材料がないからで、これが決め手になる解釈ともかぎらない。斉藤氏はものごとを善意で見すぎている。
 皇太子ご夫妻が相思相愛の仲であるという前提に立って問題を組み立てている。女性側がリードしている支配者である可能性への予感や洞察がない。少なくとも、夫婦間の愛情の葛藤はないという単純な人間学のうえに医学の知識を当て嵌めているだけである。
 
(引用終わり)
続く

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