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カテゴリー「経済・政治・国際」の記事

2016年8月24日 (水)

南部仏印進駐に大賛成する上念司と倉山満

上念司・倉山満『ネオ東京裁判-掟破りの逆15年史』
 
 
  「近衛政権末期」は、上念司の得意なフレーズであり、本書にも書いてある。
 
 本書のみならず、上念司が中川八洋『大東亜戦争と「開戦責任」―近衛文麿と山本五十六』をパクりまくっている のは有名である。
http://hoshuichiro.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-a989-1.html
 
 
 しかし、上念司・倉山満『ネオ東京裁判-掟破りの逆15年史』には、中川八洋『大東亜戦争と「開戦責任」―近衛文麿と山本五十六』を引用文献と書いているわけではない。
 上念司と倉山満は塾講師クズレの物書きであり学者ではないから、先行業績を無視する破廉恥な所業が臆面もなくできる。
 そして、上念司・倉山満『ネオ東京裁判-掟破りの逆15年史』は、中川八洋『大東亜戦争と「開戦責任」―近衛文麿と山本五十六』を引用なしで陰険に揶揄して、 近衛文麿を擁護するのが目的であるようだ。
 
 
 南部仏印は現在のベトナムであり、戦略の要衝である。 
 
 南部仏印から米領フィリピン、オランダ領インドネシアへの侵略は容易である。
 実際にも、日本は南部仏印をしたのちに、フィリピンとインドネシアを占領した。
 
 南部仏印進駐(1941年)当時のフランスは、ナチス・ドイツの傀儡・ヴィシー政権であった。 
 ナチス・ドイツが許可したから国際法上はとりあえず合法とはいえ、そこに日本が南部仏印進駐をすれば、世界は日本をナチス・ドイツと同じ危険な侵略国と見做すのは当然である。
 英国と米国は、ただちに経済制裁を発動したし、米国は石油を日本へ輸出しなくなった。
上念司・倉山満によれば、日本の南部仏印進駐に怒った米国が一方的に悪いそうである。
 日本の南部仏印進駐が、事実上の英米への宣戦布告であったのは、小学生でも知っている歴史事実である。
 言うまでもないが、南部仏印進駐を強引に主導したのは近衛文麿総理大臣であった。
 そんな事実を全面的に擁護するのが、上念司・倉山満という矯激な反日・反英米・親ナチス・親ソ連/ロシアで中央大学卒の塾講師クズレかつ無断引用常習の歴史偽造コンビである。
P89
倉山 日本の国策として、満蒙を防衛してソ連の脅威に対抗する北進論と、インドシナ半島など南方に戦略物資を求める南進論がありましたが、結局は南進論をとり、普通に平和進駐をやっていたんですよ。ところが朝日新聞史観では、日本が仏印進駐みたいなことをするからアメリカを怒らせ、ポイントオブノーリターンを超えたというんです。平和進駐がなんで怒られるんでしょうね。
上念 フランスはドイツに敗北して、ヴィシー政権になっていたわけでしょう。仏印でも一応、フランスの役所などは全部残して、単にフランス軍がいなくなったから日本軍が代わりに駐留しているだけだった。
P90
倉山 アメリカ擁護論者によれば「南部仏印進駐によってフィリピンが日本からの攻撃の射程範囲に入ったからだ」というのですが、だから何なんだ。
上念 もともとフィリピンなんて、台湾から見たらとっくに射程範囲です。
倉山 そうです。そんなもん、とっくに前提になっている形だったじゃないですか、いまさら何なんですか、ということですよ。
 
 
 
 
 

2016年8月19日 (金)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉙

 「皇国史観」で偽装したマルクス・レーニン主義者の平泉澄とは、8・14宮城クーデター事件の黒幕であった。
 
 田中卓(皇学館大學名誉教授)とは、平泉澄の愛弟子だから当然なのだが、教条的な天皇制度廃止論者である。
 
 小林よしのりが『ゴーマニズム宣言』で白状しているように、その過激な女系天皇論は田中卓に指南されたものだ。
 
 西尾幹二にとって、田中卓は「師範格」であるそうだ。
 
 田中卓の薫陶を受けている所功(京都産業大学名誉教授)・高森明勅(職業不詳)と言えば、女系天皇煽動のトップランナーであり、実質的には教条的な天皇制度廃止論者である
 西尾幹二は、田中卓、所功、高森明勅の3人がいずれも「皇室を深く崇敬している」と繰り返し擁護してあげている。
 
 瀬島龍三を愛国者だったと強弁するクライン孝子に、西尾幹二の手口はとてもよく似ている。
 
http://hoshuichiro.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-dc3f.html
 平泉澄の門下生で8・14宮城クーデター事件の主謀者だった逆臣・阿南惟幾(陸軍大臣)を、ポツダム宣言受諾に大賛成の和平派だったと牽強付会してあげる上念司/倉山満の赤いコンビと、西尾幹二の手法は瓜二つである。
http://hoshuichiro.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-4b62.html
 
 
P231
 三氏に共通するのは古代日本史の専攻であること、文献学史の信奉者であることで、皇室に並み以上の崇敬感情を抱く位置におられることだ。
P233
 三氏はあまりに永年にわたって皇室を敬慕し、天皇の歴史の細部に親熟しているうちに、現代の一般民衆の普通の常識を見失っている。
(引用終わり)
つづく

2016年8月18日 (木)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉘

 西尾幹二は、天皇制度が消滅しても自分の心は痛まないという本心を吐露している。
だからこそ、これほどまでに執拗かつ陰険に皇族への攻撃ができるのだろう。
P223
しかし、半世紀ぐらい先に、本当に天皇の制度の廃止ということになったときに、少しも困惑せず、ああそうか、ついになくなったのか、と一瞬の溜息を漏らすだけで終わって、あとは知らん顔をしてしまう人々、それが彼らなのである。
 そして、そういう彼らを私はいま無自覚な現代の知性として嘲笑ってしまうことが必ずしもできない。なぜなら、その「彼ら」は私たちのなかに、否、私の中にも一部住んでいるからである。
(引用終わり)
つづく

2016年8月17日 (水)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉗

 西尾幹二は、あろうことか皇太子殿下に対して、潔く非を認めて国民に向かって謝罪しろ!と命令する。
西尾幹二は、自身を皇祖神だと信じているのだろう。
 
P78
成熟した男子である皇太子殿下にとりあえず国民が期待しているのは、天皇ならびに国民医向けた謝罪のニュアンスのある言葉、今度の事件全体を統括した他の手の影響のないご自身の言葉である。自分たち三人家族は幸せに暮らしていますというメッセージだけではもう十分とは言えない段階で、国家と国民を慮った、自分のファミリー側の落ち度にも言及したお言葉が欲しい。
(引用終わり)
つづく

2016年8月16日 (火)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉖

 西尾幹二は、皇太子殿下と雅子妃殿下の夫婦関係がギクシャクしているのではないかとまで憶測で書いてしまう。
 
 西尾幹二の下劣な勘ぐりは、もはや不敬という言葉では表現しきれない。
 
 西尾幹二の肩書は、「皇族パパラッチ」が適切であろう。
 
P73
『文藝春秋』の斎藤氏の考え方を私は今回重視したが、他に判断材料がないからで、これが決め手になる解釈ともかぎらない。斉藤氏はものごとを善意で見すぎている。
 皇太子ご夫妻が相思相愛の仲であるという前提に立って問題を組み立てている。女性側がリードしている支配者である可能性への予感や洞察がない。少なくとも、夫婦間の愛情の葛藤はないという単純な人間学のうえに医学の知識を当て嵌めているだけである。
 
(引用終わり)
続く

2016年8月15日 (月)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉕

 西尾幹二は、天皇陛下は誰であってもよいと明言した。
 
 西尾幹二は、白昼堂々と今上天皇に弓を引いた。
 
 ついうっかり、筆が滑って「天皇制度廃止」の悲願を曝け出してしまったのだろう。
 
 「天皇個人」というのも途轍もない不敬であるが、奇妙奇天烈な珍語である。
 
 西尾幹二の言語感覚は、日本語を母国語としている人間には理解不能である。
 
 また、「日本人にとって」のような表現を西尾幹二は好むようであるが、自分が標準的な日本人みたいに詐称するのは、お願いだから止めてもらいたい。
 
P201
 日本人にとって大切なのは天皇という制度であって、個々の天皇個人ではない。
 
(引用終わり)
つづく

2016年8月14日 (日)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉔

 西尾幹二は、天皇家を「ファミリー」と表現する言語感覚の持ち主である。
日本語が母国語の私たちには、決してできない表現である。
 西尾幹二の血統は、コンサートで紫綬褒章をオークションにかけるパフォーマンスをした桑田佳祐とか、週刊金曜日の編集委員たちと同じなのではなかろうか。
 
P201
天皇家というファミリーをも超えているのが歴史というものである。
(引用終わり)
つづく

2016年8月13日 (土)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉓

 日本の首都機能は完全に東京にある。
 皇居を京都に移したとしても、首相官邸や国会議事堂や省庁を、いまさら京都に移転できるわけがない。
 
 西尾幹二は、京都遷都を提言している。その理由は、「政治の安定」のためであるそうだ。
 「皇族が東京にいるから政治が不安定になる」というなら、それを論証してみせよ!
 
 西尾幹二の狙いは、千代田城から皇族を追い払いたいということだろう。
 
P194
思い切って京都遷都を図り、政治からもっと離れるべきことについても―そのほうが政治の安定に役立つ―いろいろ提言したいことはあるが、今回はこれで幕を引く。
(引用終わり)
つづく
 

2016年8月12日 (金)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉒

 西尾幹二は、雅子妃殿下を攻撃できる材料があれば、鬼の首でも獲ったかのように、陰険な主観を交えた上で、天下の一大事みたいに可能な限り針小棒大にする。
 
 底意地の悪さは超一流といえよう。
 
P137
 奉仕団への皇族がたの「ご会釈」にも宗教的意味がある。雅子妃が平成十六年から平成十八年まで一切行わず、その後はいやいやながら年一、二回くらいしかこれをしないのは、天皇と公民の関係性を傷つけ、ひいては家秩序の大枠に罅を入れていることになる
 
(引用終わり)
つづく

2016年8月11日 (木)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉑

 1945年9月2日に連合国に降伏したことにより、日本の敗戦は確定した。
本州、四国、九州、北海道などの領土は維持できたが、それ以外の権益は全て失った。
300万人以上の生命が失われた。100万人以上がソ連に拉致され、強制重労働をさせられ、半数が生命を失った。
 それでも西尾幹二は、この戦争を始める意思決定をした人たちは、たとえ敗戦しても、自分たちで開戦を決めたのだから、いまの日本人より上等であるそうだ。
 日本の亡国を願っていない限り、こういう発想は思いつくことすらできない。
 西尾幹二は、開戦の意思決定に関与しえた近衛文麿、東條英機、山本五十六、米内光政、白鳥敏夫、松岡洋右らの国賊たちに、心底から感謝しているのだろう。
 
 
 日本国の滅亡を祈念している人間ならば、天皇制度に弓を引くのは自明である。
 
P184
一九四十五年までの日本人は、たとえ敗北しても、自分で戦争をはじめ、自分で敗れたのである。いまの日本人よりもよほど上等である。
(引用終わり)
つづく

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