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カテゴリー「経済・政治・国際」の記事

2017年9月 1日 (金)

「小中一貫校」「義務教育学校」は、私立中学校を潰す赤い秘策

 全国初の施設一体型公立の学校である「義務教育学校 品川区立日野学園」のホームページによれば、驚くべきことに、小学校と中学校の区別がない。通常の中学2年生は、「8年生」と呼ばれるそうである。
http://school.cts.ne.jp/hinogaku/kyouiku.html
 
施設一体型の特徴を生かし、9年間一貫した系統的・継続的な教育活動を実施
品川区では、平成18年4月からすべての区立小・中学校で、小中一貫教育(共通の教育内容)を実施しています。
小中一貫教育では、小学校6年・中学校3年という壁を取り払い、系統的・継続的な教育活動を行います。

9年間継続した指導のもとで学習に取り組むことで、小学校から中学校への学習の接続を意識した指導を実現し、9年間継続した系統的な学習に取り組むことができます。

日野学園は、品川区における最初の一貫校として、常に最前線の一貫教育に取り組んでいます。
また、カリキュラムは、小学1-4年生までと小学5年生ー中学3年生までを区別すると書いてある。
 
http://school.cts.ne.jp/hinogaku/housin.html
・1年生~4年生・・・「根っこの時間」
・5年生~9年生・・・「ステップアップ学習の時間」
このような公立の小中一貫校は、東京では渋谷区(区長が社民党
)や八王子市などで増えている。
 通常の6-3-3制とは全く違うカリキュラムになるのだから、教育現場は大混乱するだろう。 また、「義務教育学校」であれば、現行の「6・3制」のほかにも、「4-3-2制」、「5-4制」、いや「1-8制」「8-1制」など、地域の実情に合わせて設置者が区切ることが可能となった。仮に「8-1制」となれば、中学生が小学生として扱われることになる。
 
 こんな教育の根幹に関わる強大な権限を、地方自治体に与えてよいのか?と誰しも疑問に思うだろう。
 
 普通の小学校から小中一貫校に転校した場合にも、その逆のケースであっても、小中一貫校間の転校であっても、カリキュラムの違いに生徒たちは戸惑い、落ちこぼれが急増するだろう。
 そんな大混乱期を経たのちに、すべての公立小学校・中学校を「義務教育学校」にしてしまおうという世論を喚起する文部科学省の赤い策略は、すでに見え透いている。
 どうやら赤い文部科学省/地方自治体は、「小学校」「中学校」という概念・言葉を過去のものにしようとしている。
 また、私立中学校で小学校を併設しているところは少ないので、すぐに「義務教育学校」になることを強制されるということはないだろう。
 しかし、義務教育学校の小中一貫校を「中退」までして、私立中学校に進学することをためらう生徒/保護者が増えるのは明らかである。また、「中学校」という言葉が死語同然になるのであれば、「私立中学校」の存在意義が不明瞭となる。ただでさえ出生数が激減しているのであるから、遠からず私立中学校の大倒産時代」を迎えることは避けられないが、「義務教育学校」はそれに拍車をかけるだろう。
 私立中学受験という自然発生的な文化は間違いなく大衰退し、SAPIX、浜学園といった塾産業の経営も、大ダメージを受けることは必定である。
 「小中一貫校」「義務教育学校」という制度は、そのようなこと初めから織り込み済みで導入された、「ゆとり教育」の延長線上にある、日本の教育を潰す過激な赤い革命政策である。

2017年8月31日 (木)

国立大学付属校潰しを決意した赤い文部科学省

国立大付属校に「脱エリート化を」 学力でなく抽選に?

8/29(火) 19:12配信

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170829-00000085-asahi-soci

 

 国立大学の付属校が「エリート化」し、本来の役割を十分に果たせていないとして、文部科学省の有識者会議は29日、学力テストではなく、抽選で選ぶことなどを求める報告書をまとめた。学習能力や家庭環境などが違う多様な子どもを受け入れ、付属校での研究成果を教育政策にいかしやすくすることが狙いだ。2021年度末までに結論を出すよう、各大学に求めた。

(中略)

■有識者会議が国立大付属校に求める主な改革

学力テストを課さず、抽選など多様な選考を実施

・同じ国立大付属校間の無試験の「内部進学」などを見直す

・教員の多忙化解消などで公立校のモデルをめざす

・30~40年の長期間の教職生活を視野に、教員の研修機能を強化

・2021年度末までに結論をまとめ、できるものから実施
(引用終わり)
 この改革では5つの課題のうち、終わりの3つは蛇足といえよう。
 主眼は、「学力テストを課さず、抽選など多様な選考を実施」である。
 これにより、筑波大付属駒場高校、筑波大付属高校、学芸大学付属高校など、伝統ある一流高校からの東大合格者数は、数年のうちにゼロに近くなるだろう。進学校ではなくなるということだ。
 
 もちろん、付属の中学にも、優秀な生徒は誰も行かなくなる。
 
 「多様な選考」などという曖昧な入学基準であれば、誰が一生懸命に受験勉強に勤しむというのだろう。
 
 日本の公立小学校/中学校が、腐りきっていることは周知の事実である。
 脱ゆとり教育とはいえ、週休二日、ハッピーマンデー、授業の形骸化(体育、図工、音楽、課外活動などがやたら多い)、学力競争の否定(点数での相対評価をしない)、教師の質が最低レベルであることはなんら変わっておらず、実態としてはニート/フリーター予備軍の養成所と言って過言はないだろう。
 それをかろうじて救っているのは、名門中学/高校へ進学したいという生徒の健全な意志、そしてそれを支える民間の塾産業である。
 この薄ら寒い現状で、受験勉強そのものが無意味となってしまえば、日本の教育は完全に息絶える。生徒の学力は先進国と自称するのも恥ずかしいような断トツ最下位となり、あらゆる産業は国際競争力を完全に喪失するのは目に見えている。
 今回の「国立大付属校潰し」とは、受験勉強を無意味にして、塾産業を片っ端から倒産させ、国民をバカにするための、「ゆとり教育」とは同工異曲の赤い革命戦略である。
 
 もちろん、「私立の名門中学/高校潰し」を狙う赤い二の矢が準備されている。
 それについては次項に譲る。
 

2016年8月24日 (水)

南部仏印進駐に大賛成する上念司と倉山満

上念司・倉山満『ネオ東京裁判-掟破りの逆15年史』
 
 
  「近衛政権末期」は、上念司の得意なフレーズであり、本書にも書いてある。
 
 本書のみならず、上念司が中川八洋『大東亜戦争と「開戦責任」―近衛文麿と山本五十六』をパクりまくっている のは有名である。
http://hoshuichiro.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-a989-1.html
 
 
 しかし、上念司・倉山満『ネオ東京裁判-掟破りの逆15年史』には、中川八洋『大東亜戦争と「開戦責任」―近衛文麿と山本五十六』を引用文献と書いているわけではない。
 上念司と倉山満は塾講師クズレの物書きであり学者ではないから、先行業績を無視する破廉恥な所業が臆面もなくできる。
 そして、上念司・倉山満『ネオ東京裁判-掟破りの逆15年史』は、中川八洋『大東亜戦争と「開戦責任」―近衛文麿と山本五十六』を引用なしで陰険に揶揄して、 近衛文麿を擁護するのが目的であるようだ。
 
 
 南部仏印は現在のベトナムであり、戦略の要衝である。 
 
 南部仏印から米領フィリピン、オランダ領インドネシアへの侵略は容易である。
 実際にも、日本は南部仏印をしたのちに、フィリピンとインドネシアを占領した。
 
 南部仏印進駐(1941年)当時のフランスは、ナチス・ドイツの傀儡・ヴィシー政権であった。 
 ナチス・ドイツが許可したから国際法上はとりあえず合法とはいえ、そこに日本が南部仏印進駐をすれば、世界は日本をナチス・ドイツと同じ危険な侵略国と見做すのは当然である。
 英国と米国は、ただちに経済制裁を発動したし、米国は石油を日本へ輸出しなくなった。
上念司・倉山満によれば、日本の南部仏印進駐に怒った米国が一方的に悪いそうである。
 日本の南部仏印進駐が、事実上の英米への宣戦布告であったのは、小学生でも知っている歴史事実である。
 言うまでもないが、南部仏印進駐を強引に主導したのは近衛文麿総理大臣であった。
 そんな事実を全面的に擁護するのが、上念司・倉山満という矯激な反日・反英米・親ナチス・親ソ連/ロシアで中央大学卒の塾講師クズレかつ無断引用常習の歴史偽造コンビである。
P89
倉山 日本の国策として、満蒙を防衛してソ連の脅威に対抗する北進論と、インドシナ半島など南方に戦略物資を求める南進論がありましたが、結局は南進論をとり、普通に平和進駐をやっていたんですよ。ところが朝日新聞史観では、日本が仏印進駐みたいなことをするからアメリカを怒らせ、ポイントオブノーリターンを超えたというんです。平和進駐がなんで怒られるんでしょうね。
上念 フランスはドイツに敗北して、ヴィシー政権になっていたわけでしょう。仏印でも一応、フランスの役所などは全部残して、単にフランス軍がいなくなったから日本軍が代わりに駐留しているだけだった。
P90
倉山 アメリカ擁護論者によれば「南部仏印進駐によってフィリピンが日本からの攻撃の射程範囲に入ったからだ」というのですが、だから何なんだ。
上念 もともとフィリピンなんて、台湾から見たらとっくに射程範囲です。
倉山 そうです。そんなもん、とっくに前提になっている形だったじゃないですか、いまさら何なんですか、ということですよ。
 
 
 
 
 

2016年8月19日 (金)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉙

 「皇国史観」で偽装したマルクス・レーニン主義者の平泉澄とは、8・14宮城クーデター事件の黒幕であった。
 
 田中卓(皇学館大學名誉教授)とは、平泉澄の愛弟子だから当然なのだが、教条的な天皇制度廃止論者である。
 
 小林よしのりが『ゴーマニズム宣言』で白状しているように、その過激な女系天皇論は田中卓に指南されたものだ。
 
 西尾幹二にとって、田中卓は「師範格」であるそうだ。
 
 田中卓の薫陶を受けている所功(京都産業大学名誉教授)・高森明勅(職業不詳)と言えば、女系天皇煽動のトップランナーであり、実質的には教条的な天皇制度廃止論者である
 西尾幹二は、田中卓、所功、高森明勅の3人がいずれも「皇室を深く崇敬している」と繰り返し擁護してあげている。
 
 瀬島龍三を愛国者だったと強弁するクライン孝子に、西尾幹二の手口はとてもよく似ている。
 
http://hoshuichiro.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-dc3f.html
 平泉澄の門下生で8・14宮城クーデター事件の主謀者だった逆臣・阿南惟幾(陸軍大臣)を、ポツダム宣言受諾に大賛成の和平派だったと牽強付会してあげる上念司/倉山満の赤いコンビと、西尾幹二の手法は瓜二つである。
http://hoshuichiro.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-4b62.html
 
 
P231
 三氏に共通するのは古代日本史の専攻であること、文献学史の信奉者であることで、皇室に並み以上の崇敬感情を抱く位置におられることだ。
P233
 三氏はあまりに永年にわたって皇室を敬慕し、天皇の歴史の細部に親熟しているうちに、現代の一般民衆の普通の常識を見失っている。
(引用終わり)
つづく

2016年8月18日 (木)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉘

 西尾幹二は、天皇制度が消滅しても自分の心は痛まないという本心を吐露している。
だからこそ、これほどまでに執拗かつ陰険に皇族への攻撃ができるのだろう。
P223
しかし、半世紀ぐらい先に、本当に天皇の制度の廃止ということになったときに、少しも困惑せず、ああそうか、ついになくなったのか、と一瞬の溜息を漏らすだけで終わって、あとは知らん顔をしてしまう人々、それが彼らなのである。
 そして、そういう彼らを私はいま無自覚な現代の知性として嘲笑ってしまうことが必ずしもできない。なぜなら、その「彼ら」は私たちのなかに、否、私の中にも一部住んでいるからである。
(引用終わり)
つづく

2016年8月17日 (水)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉗

 西尾幹二は、あろうことか皇太子殿下に対して、潔く非を認めて国民に向かって謝罪しろ!と命令する。
西尾幹二は、自身を皇祖神だと信じているのだろう。
 
P78
成熟した男子である皇太子殿下にとりあえず国民が期待しているのは、天皇ならびに国民医向けた謝罪のニュアンスのある言葉、今度の事件全体を統括した他の手の影響のないご自身の言葉である。自分たち三人家族は幸せに暮らしていますというメッセージだけではもう十分とは言えない段階で、国家と国民を慮った、自分のファミリー側の落ち度にも言及したお言葉が欲しい。
(引用終わり)
つづく

2016年8月16日 (火)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉖

 西尾幹二は、皇太子殿下と雅子妃殿下の夫婦関係がギクシャクしているのではないかとまで憶測で書いてしまう。
 
 西尾幹二の下劣な勘ぐりは、もはや不敬という言葉では表現しきれない。
 
 西尾幹二の肩書は、「皇族パパラッチ」が適切であろう。
 
P73
『文藝春秋』の斎藤氏の考え方を私は今回重視したが、他に判断材料がないからで、これが決め手になる解釈ともかぎらない。斉藤氏はものごとを善意で見すぎている。
 皇太子ご夫妻が相思相愛の仲であるという前提に立って問題を組み立てている。女性側がリードしている支配者である可能性への予感や洞察がない。少なくとも、夫婦間の愛情の葛藤はないという単純な人間学のうえに医学の知識を当て嵌めているだけである。
 
(引用終わり)
続く

2016年8月15日 (月)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉕

 西尾幹二は、天皇陛下は誰であってもよいと明言した。
 
 西尾幹二は、白昼堂々と今上天皇に弓を引いた。
 
 ついうっかり、筆が滑って「天皇制度廃止」の悲願を曝け出してしまったのだろう。
 
 「天皇個人」というのも途轍もない不敬であるが、奇妙奇天烈な珍語である。
 
 西尾幹二の言語感覚は、日本語を母国語としている人間には理解不能である。
 
 また、「日本人にとって」のような表現を西尾幹二は好むようであるが、自分が標準的な日本人みたいに詐称するのは、お願いだから止めてもらいたい。
 
P201
 日本人にとって大切なのは天皇という制度であって、個々の天皇個人ではない。
 
(引用終わり)
つづく

2016年8月14日 (日)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉔

 西尾幹二は、天皇家を「ファミリー」と表現する言語感覚の持ち主である。
日本語が母国語の私たちには、決してできない表現である。
 西尾幹二の血統は、コンサートで紫綬褒章をオークションにかけるパフォーマンスをした桑田佳祐とか、週刊金曜日の編集委員たちと同じなのではなかろうか。
 
P201
天皇家というファミリーをも超えているのが歴史というものである。
(引用終わり)
つづく

2016年8月13日 (土)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉓

 日本の首都機能は完全に東京にある。
 皇居を京都に移したとしても、首相官邸や国会議事堂や省庁を、いまさら京都に移転できるわけがない。
 
 西尾幹二は、京都遷都を提言している。その理由は、「政治の安定」のためであるそうだ。
 「皇族が東京にいるから政治が不安定になる」というなら、それを論証してみせよ!
 
 西尾幹二の狙いは、千代田城から皇族を追い払いたいということだろう。
 
P194
思い切って京都遷都を図り、政治からもっと離れるべきことについても―そのほうが政治の安定に役立つ―いろいろ提言したいことはあるが、今回はこれで幕を引く。
(引用終わり)
つづく
 

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