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2016年8月

2016年8月25日 (木)

『臨海セミナー』の小学生が呆れ果てる上念司の低級詭弁術

 上念司によれば、赤字国債(政府の借金)が1000兆円あっても、プライマリーバランスが一円でも黒字であれば1000兆年かけて返済できるので問題ないそうである。
 ということは、1000京円の借金があっても、プライマリーバランスが一円でも黒字なら1000京年で返済できるのだろう。
 つまり、無限の借金が許されるということになる。
 小学生にも論破される詭弁は上念司の十八番である。
 
 ところで、上念司は、『臨海セミナー』でどのような職位にいたのだろう?
 
 こんな教師を雇っていたのならば保護者からの苦情が殺到しただろうし、生徒離れで『臨海セミナー』の倒産は必至であっただろう。
 
 なお、上念司によれば、政府は人頭税や資産課税などを導入して強制徴収をして国民から財産を取り上げることが許されるし、貨幣を大量に発行して借金を事実上の棒引きにしてもよいそうである。
 
 上念司とは、自らが私有財産を認めない全体主義者であることを隠しているわけではない。
 上念司とは、いくら借金してもいいんだよという甘言をもって、日本国の財政破綻を目論む、スーパー反日極左である。
 
 そして上念司が、恐喝とか偽札づくり比喩にするくらいであるから、自分が詭弁を弄していることを白状しているも同然である。
 このように決定的な脇の甘さがあるから、詭弁術では三橋貴明の劣化カーボンコピーにしかなれないのだろう。
上念司『アベノミクスを阻む「7つの敵」-消費増税とトンデモ経済学を論破する』
P74
寿命という概念が存在しない政府の場合、仮に国債の償還期限を迎えても、再び借り換えることによって返済をいくらでも先延ばしにすることができます。
 また、やろうと思えば、政府は人頭税や資産課税などを導入して強制徴収をすることで国民から無理やり財産を取り上げることができます。さらにインフレになることを覚悟すれば、紙幣を大量に印刷して国債を償還することもできます。この状況を無理やり家計にたとえると、お父さんの寿命は無限大で、ご近所を恐喝してお金を巻き上げることができるうえ、お母さんは偽札づくりの名人という話になります。
P75
政府は永久に死なないわけですから、政府債務がいくら積みあがったところで、少しずつ返していく見込みがあるなら債務を維持することが可能です。仮に財政収支のバランスがわずか一円の黒字だったとしても、1000兆円かければ債務を返済できる見込みが立ちます。
P76
 マスコミは債務総額約1000兆円という点ばかりに注目しますが、本当の問題は債務の総額より債務の維持可能性にあります。プライマリーバランスが黒字であれば、日本政府の債務は維持可能です。
 
(引用終わり)
 
 
 

2016年8月24日 (水)

南部仏印進駐に大賛成する上念司と倉山満

上念司・倉山満『ネオ東京裁判-掟破りの逆15年史』
 
 
  「近衛政権末期」は、上念司の得意なフレーズであり、本書にも書いてある。
 
 本書のみならず、上念司が中川八洋『大東亜戦争と「開戦責任」―近衛文麿と山本五十六』をパクりまくっている のは有名である。
http://hoshuichiro.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-a989-1.html
 
 
 しかし、上念司・倉山満『ネオ東京裁判-掟破りの逆15年史』には、中川八洋『大東亜戦争と「開戦責任」―近衛文麿と山本五十六』を引用文献と書いているわけではない。
 上念司と倉山満は塾講師クズレの物書きであり学者ではないから、先行業績を無視する破廉恥な所業が臆面もなくできる。
 そして、上念司・倉山満『ネオ東京裁判-掟破りの逆15年史』は、中川八洋『大東亜戦争と「開戦責任」―近衛文麿と山本五十六』を引用なしで陰険に揶揄して、 近衛文麿を擁護するのが目的であるようだ。
 
 
 南部仏印は現在のベトナムであり、戦略の要衝である。 
 
 南部仏印から米領フィリピン、オランダ領インドネシアへの侵略は容易である。
 実際にも、日本は南部仏印をしたのちに、フィリピンとインドネシアを占領した。
 
 南部仏印進駐(1941年)当時のフランスは、ナチス・ドイツの傀儡・ヴィシー政権であった。 
 ナチス・ドイツが許可したから国際法上はとりあえず合法とはいえ、そこに日本が南部仏印進駐をすれば、世界は日本をナチス・ドイツと同じ危険な侵略国と見做すのは当然である。
 英国と米国は、ただちに経済制裁を発動したし、米国は石油を日本へ輸出しなくなった。
上念司・倉山満によれば、日本の南部仏印進駐に怒った米国が一方的に悪いそうである。
 日本の南部仏印進駐が、事実上の英米への宣戦布告であったのは、小学生でも知っている歴史事実である。
 言うまでもないが、南部仏印進駐を強引に主導したのは近衛文麿総理大臣であった。
 そんな事実を全面的に擁護するのが、上念司・倉山満という矯激な反日・反英米・親ナチス・親ソ連/ロシアで中央大学卒の塾講師クズレかつ無断引用常習の歴史偽造コンビである。
P89
倉山 日本の国策として、満蒙を防衛してソ連の脅威に対抗する北進論と、インドシナ半島など南方に戦略物資を求める南進論がありましたが、結局は南進論をとり、普通に平和進駐をやっていたんですよ。ところが朝日新聞史観では、日本が仏印進駐みたいなことをするからアメリカを怒らせ、ポイントオブノーリターンを超えたというんです。平和進駐がなんで怒られるんでしょうね。
上念 フランスはドイツに敗北して、ヴィシー政権になっていたわけでしょう。仏印でも一応、フランスの役所などは全部残して、単にフランス軍がいなくなったから日本軍が代わりに駐留しているだけだった。
P90
倉山 アメリカ擁護論者によれば「南部仏印進駐によってフィリピンが日本からの攻撃の射程範囲に入ったからだ」というのですが、だから何なんだ。
上念 もともとフィリピンなんて、台湾から見たらとっくに射程範囲です。
倉山 そうです。そんなもん、とっくに前提になっている形だったじゃないですか、いまさら何なんですか、ということですよ。
 
 
 
 
 

2016年8月23日 (火)

松岡洋右を三国同盟反対・国際聯盟脱退反対の親英/対米和平派と牽強付会する上念司と倉山満

上念司・倉山満『ネオ東京裁判-掟破りの逆15年戦争』
 上念司と倉山満は、松岡洋右を擁護するために本書を出版しているフシがある。
 
 三国同盟条約案には二つある。
 
 1939年8月に平沼騏一郎内閣が退陣して、旧・三国同盟条約は締結されなかった。
 松岡洋右が主導した新・三国同盟条約(反英米が基調)は、1940年9月に締結された。そんな松岡が、親英派であるわけがない。
 日ソ中立条約に調印した松岡洋右が親英/対米和平派とは、冗談も度が過ぎる。
 近衛文麿に抜擢されて外務大臣になった松岡洋右が、国際聯盟脱退に反対したとか親英派/対米和平派だったというのならば、上念司と倉山満は、その証拠を示してもらいたい。
 非常勤講師とはいえ、こんな出鱈目歴史を吹聴しまくる倉山満を教壇に立たせた国士舘大学について、文部科学省は私学助成金の停止を含めた厳正な処分をするべきだろう。
P86
倉山 はい、戦後の外務省の正統史観では松岡洋右が外務省一の極悪人扱いですが、本気で和平をしようとしていろいろやっていたのは確かです。それを見抜いたアメリカが、「あいつがいると話にならない」というので蹴散らした。
上念 アメリカは戦争をしたかったわけですからね。本気で和平のために動いていた松岡が邪魔だった。
P87
上念 私もかつては松岡悪人説を信じていました。しかし、実は違っていたんですよね。この次に多分出てくると思うけど、国際連盟脱退のときも、本当は松岡は反対している。
倉山 そうなんです。三国同盟だってやりたくない。松岡は本来、親英派です。
(引用終わり)
 
以下の松岡擁護の詭弁には、誰しもキョトンとするだろう。
中央大学文学部卒の塾講師クズレだと、この程度の詭弁が限界なのかもしれない。
 
P107
倉山 松岡は本来親英派ですが、支那事変が泥沼化し、イギリスとはこじれいたので、切ってもはや話し合いにもならない。アメリカは頭がおかしい。だったら、日独で組み、日独の力でソ連をも巻き込み、日独ソ三国の力で米英と話し合おうという、かなり遠回りな構想を立てたわけです。
(引用終わり)

2016年8月22日 (月)

歴史を捏造してヒットラーのチェコ併合を擁護する上念司と倉山満

上念司・倉山満『ネオ東京裁判-掟破りの逆15年戦争』
 1938年9月のミュンヘン協定では、チェコのスデーテン地方をナチス・ドイツに割譲することが決められた。
 あくまでも、スデーテン地方のみをナチス・ドイツに割譲したのである。ナチス・ドイツがそれ以上の領土獲得を断念するのが大前提の協定であった。
 
 しかし、天然の大要塞であるスデーテン山地を失ったため、1939年3月にチェコはナチス・ドイツに簡単に併呑されてしまった。
 以上は、小学生でも知っている確定した歴史事実である。
 それが、倉山満によれば、チェンバレン英国首相は、始めからチェコ全体をナチス・ドイツに与える予定であったそうな。
また、英国だけでなくフランス政府も、ヒットラーのチェコ併合を容認していたそうである。
 
 倉山満によれば、ヒットラーは協定破りの侵略者ではないらしい。
 
 倉山満とは、熱烈なヒットラー信奉者なのだろう。
 
 それを否定しない上念司とは、初歩的な歴史知識もない周回違いの超バカなのか、はたまた教条的なヒットラー信奉者なのか、あるいは両方なのか。
 倉山満を非常勤講師として採用していた国士舘大学は、小学生以下の歴史知識しかない出鱈目教官を教壇に立たせていたことについて、当時の学生たちに謝罪する社会的責任があるだろう。
 また、英国政府もフランス政府も、ここまで濡れ衣を着せられてなぜ黙っているのだろうか。
 両国の大使館から、出版差し止めを含めてPHPに厳重な注意があって当然だと思うが、いかがだろうか?
 
P143
倉山 チェンバレンはヒトラーがチェコを取るところまでは認めていたんです。そして、「ポーランドまで手を付けたら承知しないぞ」と釘を刺しておいたので、さすがにヒトラーもそれ以上はやらないだろうと思った。
P160
倉山 ここで国際情勢に戻ると、1938年9月末にヨーロッパではミュンヘン会談をやっています。さっき、チェンバレンはチェコまでだったらヒトラーにくれてやってもいいと思っていたと言いましたけど、まさにそのチェコの帰属問題がテーマです。この会談で、「これ以上領土を要求しないんだったらチェコはくれてやってもいいよ」と、英仏はヒトラーのチェコ領有を認めます。
(引用終わり)

2016年8月21日 (日)

お笑い歴史漫談-ノモンハン事件で日本が圧勝したと主張する上念司と倉山満

上念司・倉山満 『ネオ東京裁判-掟破りの逆15年史』 2015年8月初版
 ノモンハン事件(1939年)の結末が、ソ連の圧勝、日本の大敗北であったことは確定した歴史事実である。
 ソ連側は100メートルほど標高が高い場所に位置して、塹壕も作れないような砂地に投入された日本兵に砲弾を撃ちまくっていたのだから、ソ連側が大勝利をするに決まっていた。
 
 ソ連/ロシア側の死者数は、常に政治的に算出される。自国の被害を、対外的に過大に宣伝するためである。
 蛇足であるが、シベリアに強制連行した日本人の実数は超過小に算出されている。
 ソ連/ロシアが公表する数字は、まったくアテにならないし、アテにしてはいけないのは常識以前であろう。
 
 もともと、陸戦は死傷者数で勝敗が決するものではない。
 その地域を、どちらが最終的に確保できたかによって勝敗を決めるものである。
 こんなこと、硫黄島の戦い、関ヶ原の戦いなどで、どちらが勝ったのかを考えてみれば自明ではないか。
 なお、黒沢広明インディアナ大学教授(米誌「スラブ軍事研究」2011年12月号)、中川八洋筑波大学名誉教授
の研究では、小松原道太郎や扇廣がジューコフに通牒しており、日本の大敗北は予め確定していたとされる。
http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/entry/2015/12/09/084014
 
 また、倉山満によれば、ソ連には戦車軍団が存在しなかったそうである(笑)。
 
 歴史知識が小学生以下だから、倉山満は指導教官に愛想を尽かされて大学院から放逐されたのではないだろうか?
 
P109
倉山 帝国陸軍が怖くてしょうがない。実はノモンハンでボロ負けしていますからね。
上念 そうなんです。ノモンハンの実態は長らく歴史の謎で、「日本軍がソ連の戦車に生身で夜襲をしかけ、コテンパンにやられてしまいました」と日教組の先生に習いましたが、嘘だったんです。
倉山 大嘘です。ソ連戦車軍団なんて、当時、存在していない。
P110
倉山 いいえ、向こうのほうが死んでいます。ウィキペディアなどはデタラメな投入兵力と死傷者数を書いていますが、本当は日本に対してソ連は10倍ぐらいの戦力を投入したにもかかわらず、ソ連のほうがたくさん死んでいるんです。
上念 日本がもっと軍隊を動員しておいえば、完膚なきまでにソ連を倒せた。
倉山 だから国境紛争なんですよ。スターリンからすれば、日本が支那事変でかなりへばってきているだろうから、もう大丈夫かとノモンハンで国境紛争をしかけてみたら、えらい目に遭ってしまった。
(引用終わり)
 

2016年8月19日 (金)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉙

 「皇国史観」で偽装したマルクス・レーニン主義者の平泉澄とは、8・14宮城クーデター事件の黒幕であった。
 
 田中卓(皇学館大學名誉教授)とは、平泉澄の愛弟子だから当然なのだが、教条的な天皇制度廃止論者である。
 
 小林よしのりが『ゴーマニズム宣言』で白状しているように、その過激な女系天皇論は田中卓に指南されたものだ。
 
 西尾幹二にとって、田中卓は「師範格」であるそうだ。
 
 田中卓の薫陶を受けている所功(京都産業大学名誉教授)・高森明勅(職業不詳)と言えば、女系天皇煽動のトップランナーであり、実質的には教条的な天皇制度廃止論者である
 西尾幹二は、田中卓、所功、高森明勅の3人がいずれも「皇室を深く崇敬している」と繰り返し擁護してあげている。
 
 瀬島龍三を愛国者だったと強弁するクライン孝子に、西尾幹二の手口はとてもよく似ている。
 
http://hoshuichiro.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-dc3f.html
 平泉澄の門下生で8・14宮城クーデター事件の主謀者だった逆臣・阿南惟幾(陸軍大臣)を、ポツダム宣言受諾に大賛成の和平派だったと牽強付会してあげる上念司/倉山満の赤いコンビと、西尾幹二の手法は瓜二つである。
http://hoshuichiro.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-4b62.html
 
 
P231
 三氏に共通するのは古代日本史の専攻であること、文献学史の信奉者であることで、皇室に並み以上の崇敬感情を抱く位置におられることだ。
P233
 三氏はあまりに永年にわたって皇室を敬慕し、天皇の歴史の細部に親熟しているうちに、現代の一般民衆の普通の常識を見失っている。
(引用終わり)
つづく

2016年8月18日 (木)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉘

 西尾幹二は、天皇制度が消滅しても自分の心は痛まないという本心を吐露している。
だからこそ、これほどまでに執拗かつ陰険に皇族への攻撃ができるのだろう。
P223
しかし、半世紀ぐらい先に、本当に天皇の制度の廃止ということになったときに、少しも困惑せず、ああそうか、ついになくなったのか、と一瞬の溜息を漏らすだけで終わって、あとは知らん顔をしてしまう人々、それが彼らなのである。
 そして、そういう彼らを私はいま無自覚な現代の知性として嘲笑ってしまうことが必ずしもできない。なぜなら、その「彼ら」は私たちのなかに、否、私の中にも一部住んでいるからである。
(引用終わり)
つづく

2016年8月17日 (水)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉗

 西尾幹二は、あろうことか皇太子殿下に対して、潔く非を認めて国民に向かって謝罪しろ!と命令する。
西尾幹二は、自身を皇祖神だと信じているのだろう。
 
P78
成熟した男子である皇太子殿下にとりあえず国民が期待しているのは、天皇ならびに国民医向けた謝罪のニュアンスのある言葉、今度の事件全体を統括した他の手の影響のないご自身の言葉である。自分たち三人家族は幸せに暮らしていますというメッセージだけではもう十分とは言えない段階で、国家と国民を慮った、自分のファミリー側の落ち度にも言及したお言葉が欲しい。
(引用終わり)
つづく

2016年8月16日 (火)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉖

 西尾幹二は、皇太子殿下と雅子妃殿下の夫婦関係がギクシャクしているのではないかとまで憶測で書いてしまう。
 
 西尾幹二の下劣な勘ぐりは、もはや不敬という言葉では表現しきれない。
 
 西尾幹二の肩書は、「皇族パパラッチ」が適切であろう。
 
P73
『文藝春秋』の斎藤氏の考え方を私は今回重視したが、他に判断材料がないからで、これが決め手になる解釈ともかぎらない。斉藤氏はものごとを善意で見すぎている。
 皇太子ご夫妻が相思相愛の仲であるという前提に立って問題を組み立てている。女性側がリードしている支配者である可能性への予感や洞察がない。少なくとも、夫婦間の愛情の葛藤はないという単純な人間学のうえに医学の知識を当て嵌めているだけである。
 
(引用終わり)
続く

2016年8月15日 (月)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉕

 西尾幹二は、天皇陛下は誰であってもよいと明言した。
 
 西尾幹二は、白昼堂々と今上天皇に弓を引いた。
 
 ついうっかり、筆が滑って「天皇制度廃止」の悲願を曝け出してしまったのだろう。
 
 「天皇個人」というのも途轍もない不敬であるが、奇妙奇天烈な珍語である。
 
 西尾幹二の言語感覚は、日本語を母国語としている人間には理解不能である。
 
 また、「日本人にとって」のような表現を西尾幹二は好むようであるが、自分が標準的な日本人みたいに詐称するのは、お願いだから止めてもらいたい。
 
P201
 日本人にとって大切なのは天皇という制度であって、個々の天皇個人ではない。
 
(引用終わり)
つづく

2016年8月14日 (日)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉔

 西尾幹二は、天皇家を「ファミリー」と表現する言語感覚の持ち主である。
日本語が母国語の私たちには、決してできない表現である。
 西尾幹二の血統は、コンサートで紫綬褒章をオークションにかけるパフォーマンスをした桑田佳祐とか、週刊金曜日の編集委員たちと同じなのではなかろうか。
 
P201
天皇家というファミリーをも超えているのが歴史というものである。
(引用終わり)
つづく

2016年8月13日 (土)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉓

 日本の首都機能は完全に東京にある。
 皇居を京都に移したとしても、首相官邸や国会議事堂や省庁を、いまさら京都に移転できるわけがない。
 
 西尾幹二は、京都遷都を提言している。その理由は、「政治の安定」のためであるそうだ。
 「皇族が東京にいるから政治が不安定になる」というなら、それを論証してみせよ!
 
 西尾幹二の狙いは、千代田城から皇族を追い払いたいということだろう。
 
P194
思い切って京都遷都を図り、政治からもっと離れるべきことについても―そのほうが政治の安定に役立つ―いろいろ提言したいことはあるが、今回はこれで幕を引く。
(引用終わり)
つづく
 

2016年8月12日 (金)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉒

 西尾幹二は、雅子妃殿下を攻撃できる材料があれば、鬼の首でも獲ったかのように、陰険な主観を交えた上で、天下の一大事みたいに可能な限り針小棒大にする。
 
 底意地の悪さは超一流といえよう。
 
P137
 奉仕団への皇族がたの「ご会釈」にも宗教的意味がある。雅子妃が平成十六年から平成十八年まで一切行わず、その後はいやいやながら年一、二回くらいしかこれをしないのは、天皇と公民の関係性を傷つけ、ひいては家秩序の大枠に罅を入れていることになる
 
(引用終わり)
つづく

2016年8月11日 (木)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル㉑

 1945年9月2日に連合国に降伏したことにより、日本の敗戦は確定した。
本州、四国、九州、北海道などの領土は維持できたが、それ以外の権益は全て失った。
300万人以上の生命が失われた。100万人以上がソ連に拉致され、強制重労働をさせられ、半数が生命を失った。
 それでも西尾幹二は、この戦争を始める意思決定をした人たちは、たとえ敗戦しても、自分たちで開戦を決めたのだから、いまの日本人より上等であるそうだ。
 日本の亡国を願っていない限り、こういう発想は思いつくことすらできない。
 西尾幹二は、開戦の意思決定に関与しえた近衛文麿、東條英機、山本五十六、米内光政、白鳥敏夫、松岡洋右らの国賊たちに、心底から感謝しているのだろう。
 
 
 日本国の滅亡を祈念している人間ならば、天皇制度に弓を引くのは自明である。
 
P184
一九四十五年までの日本人は、たとえ敗北しても、自分で戦争をはじめ、自分で敗れたのである。いまの日本人よりもよほど上等である。
(引用終わり)
つづく

2016年8月10日 (水)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル⑳

 西尾幹二の不敬は、間違いなく日本一である。
 驚くなかれ、西尾幹二は天皇陛下の人格形成にまで踏み込んで「推理」してしまう。
 
P180
 昭和天皇だけではない、私は今上天皇にも保護してくれるもののない、「無権利状態」の孤独の瞬間があったのではないかと推理している。それが、陛下を人格的に強くしている

2016年8月 9日 (火)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル⑲

 西尾幹二は、雅子妃殿下の人間性をとことん貶める。
ここまで卑劣な人間が、決して日本人ではあって欲しくない。
P134
 雅子妃は私からみるなら、アメリカナイズされた民主主義にとっぷり浸った、自己主張の強いタイプで、それ以外では少し配慮の足りない普通の女性、外国に憧れていて日本流儀を好きではないし、信じてもいない。やや軽佻浮薄な進歩的知識人傾斜の価値観の持ち主である。
 
 

2016年8月 8日 (月)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル⑱

 西尾幹二は、雅子妃殿下がわざと公務をサボタージュしていると断言している。
どんな根拠があってそう決めつけるのか、西尾幹二には論証する義務がある。
 
 
P130
 雅子妃殿下の公務ボイコットはかなり意図的で、憲法の矛盾の穴をさらに大きくする挑戦といっていいかもしれない。
 
(引用おわり)
つづく
 

2016年8月 7日 (日)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル⑰

 妄想に生きる西尾幹二によれば、平成の御代は「第二の敗戦」であるそうだ。
 
 そして、皇后陛下がいらっしゃらなかったならば、皇室も日本国も滅亡していたらしい。
 
 今上陛下ならびに大皇后陛下に対して、これほどの侮辱の言葉があるだろうか。
 
 現在の刑法では、西尾幹二を不敬罪で逮捕できないのが残念でならない。
 
 皇后陛下に対する、西尾幹二の慇懃無礼な褒め殺しの露骨さは、あの日下公人に勝るとも劣らない。
 これを読んだ日本人は皆、西尾幹二を日本列島の外に叩き出したくなる衝動に駆られるだろう。
 
P110
 正田美智子という御名は皇統譜に輝かしい一ページを開いた。昭和天皇亡きあと、「第二の敗戦」とも言われてきた平成の御代に、なんとかご皇室を、そしてこの国を、ここまで持ちこたえさせてこれたのも、この方のおかげである。国の中心に魂のある存在がおられたからである。それを昔の人は「神」と呼んだ。
(引用終わり)
つづく

2016年8月 6日 (土)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル⑯

 西尾幹二は、雅子妃殿下に対して、御自身の病気についての見解を公表しろと迫る。
不敬とかいう以前の問題である。西尾幹二には、ヒューマニズムの欠片もない。
 
P73
さし当り、雅子妃の主治医を複数にすることを私は提言する。現在の方とは系統や学派や年齢も異なる精神科医を希望する。精神医学は半ば哲学的解釈の領域に接するので、決定的判断に至るのは容易ではないからだ。雅子妃ご本人の自己解釈の公開も求めれれよう。
(引用おわり)
つづく

2016年8月 5日 (金)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル⑮

 患者を診察していないのに診断を下してしまう斎藤環という精神科医を、筑波大学はなぜ懲戒免職にしないのだろう?
 そんな斎藤環のセオリー無視のいいかげんな発言に基づいて論を立てるとは、西尾幹二の不敬は日本一である。
P71
非公式に語っているが、斎藤氏は国民がはじめて知る病気の正体を示した。現在、雅子妃は適応障害という病名を与えられているが、基本的には「反応性のうつ病」だと氏はいう。
(引用おわり)
つづく

2016年8月 4日 (木)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル⑭

 西尾幹二は、雅子妃殿下の主治医に対して、刑法に定められた医師の守秘義務なんか無視して患者の病状を公表しろ!と恫喝する。
 西尾幹二とは、法治社会の外に生きているのだろう。
 
P91
 ついでに付記すれば、主治医が妃殿下の妹のご夫君の友人とかで、すでに五年目に入る病に責任ある診断を公開しないのは、皇太子妃のご病気が国家の問題であることを蔑ろにし、事柄を私物化していることを意味する。
(引用終わり)
つづく
 
参考:
 ○刑法
第百三十四条 医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
[精神保健等に係る業務(精神病院の管理者、職員等)]
○精神保健及び精神障害者福祉に関する法律
第五十三条 精神病院の管理者、指定医、地方精神保健福祉審議会の委員若しくは臨時委員、精神医療審査会の委員若しくは第四十七条第一項の規定により都道府県知事等が指定した医師又はこれらの職にあつた者が、この法律の規定に基づく職務の執行に関して知り得た人の秘密を正当な理由がなく漏らしたときは、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
2 精神病院の職員又はその職にあつた者が、この法律の規定に基づく精神病院の管理者の職務の執行を補助するに際して知り得た人の秘密を正当な理由がなく漏らしたときも、前項と同様とする。

2016年8月 3日 (水)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル⑬

 西尾幹二は、雅子妃殿下が天皇皇后両陛下にお会いになるのが苦痛になっていると決めつけてしまう。
 西尾幹二の不敬には誰しも腰を抜かすが、彼には妄想の世界を彷徨う疾患があるとしか思えない。
P51
妃殿下はご皇室におられる限り治らないとは前から言われてきました。天皇皇后両陛下にお会いになることがとりわけ苦痛で、抑鬱症状になるのではないでしょうか。素人目にもそう見えてなりません。
(引用終わり)
つづく

2016年8月 2日 (火)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル⑫

西尾幹二によれば、下劣な週刊誌が皇室のことを書かなってしまうようになったならば、それは皇室が国民から見放されたということなるそうである。
P38
もしも週刊誌が書かなくなったら、国民から皇室が見放されているということを意味するのです。ああだこうだと口さがなく言われているうちがまだ救いであり、国民の側にも夢が保たれている証拠です。
(引用終わり)
つづく

2016年8月 1日 (月)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル⑪

驚くなかれ、西尾幹二は皇后陛下を「評価」してしまう。
自分を皇祖神だと思っていなければ、とてもできない所業である。
P42
私は皇后陛下を大変評価していますし、何度も皇后陛下論を書いています。
(引用終わり)
つづく

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