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2016年7月

2016年7月31日 (日)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル⑩

 西尾幹二は、どんな小さな思いつきですら、雅子妃殿下への人格攻撃に利用する。
P76
 私はいつもテレビでお姿を見て疑問に思うのは、ご長身の妃殿下があえてヒールの高い靴をお穿きになって、皇太子殿下のすぐ横に立たれるあまりの配慮のなさである。つつましさ、控え目、奥ゆかしさ、慈悲深さ―皇族にたいする私たち日本人一般の期待はここにある。
(引用終わり)
つづく

2016年7月30日 (土)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル⑨

  「皇太子ご夫妻」と書く不敬は、西尾幹二の常套手段となっている。
 
 さらにトンデモナイことに、西尾幹二は、皇太子殿下と雅子妃殿下の内心がこうであるはずだ!と決めつける。
 
 西尾幹二は、きっと超能力者なのだろう。
P244
  女性週刊誌などを見ていると、皇太子ご夫妻をただのセレブ扱いしているしていることは紛れもない。そして、ご夫妻の側もそれに同調しておられる。
 

2016年7月29日 (金)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル⑧

 西尾幹二が成す天皇家、とくに雅子妃殿下への誹謗中傷と不敬は、常軌を逸している。
 
 天皇制度を船に喩え、天皇家の人々はその乗客であって船主ではない、などという表現は、日本人には発想すらできない。
 
 雅子妃殿下を、なんと「獅子身中の虫」「船酔いをして乗っていられない個人」とまで書く西尾幹二の血統が、決して日本人であって欲しくない。
 
P78
 雅子妃殿下は、天皇制度の内部に入ってそれを内側から少しずつ崩しているいわば獅子身中の虫とあえて言っても、いままでの流れからして暴言とは思えない。
 
P79
 天皇家の人々は天皇制度という船の乗客であって、船主ではない私は言った。船酔いをして乗っていられない個人は下船していただく以外にないだろう。
 
(引用終わり)
つづく
 

2016年7月28日 (木)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル⑦

 西尾幹二は、天皇陛下に自分の意見を伝えるのに手段を選ばない名言している。
 
 皇室制度に対して日本国民として負うの義務や責任やルールよりも、西尾幹二にとっては自分の意志が優先されるそうである。
 
 皇室に対して、「私は私の信じるままに行動します」 とは、西尾幹二が「非暴力の難波大助」を自認しているということである。
 
 不敬というレベルを遙かに超越した、テロリストみたいな西尾幹二の決意表明には、誰しも戦慄するだろう。
 
P51
 以前、皇室への諫言を一般向きの評論誌に書くのは間違っていると言われましたで付け加えておきます。
 
P52
 他に方法がないのです。
 私ごときが陛下に直に奏上することなどできません。では、奏上することができない人間は陛下に一切ものを言うなということでしょうか。
 そうは思いません。私は私の信じるままに行動します。

2016年7月27日 (水)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル⑥

 西尾幹二の言語感覚は、日本人離れしている。
 西尾幹二は、畏れ多くも天皇陛下に向かって、自分の文章について行間を読んで理解をした上で「御聖断」をするように迫っている。
 天皇陛下に対する不敬としては、足利義満や織田信長に勝るとも劣らない。
 西尾幹二とは、昭和天皇に「日本のレーニン」になっていただくように迫った二・二六事件の赤い将校たち、もしくはその主謀者であった平泉澄と同じカテゴリーに属する、非国民の極左人士である。
 
P51
ここから先の具体的なことはもう喉まで出かかっていますが、国民の立場では言えません。
天皇陛下の「御聖断」をお待ち申し上げると奏上する次第です。
(引用終わり)
続く

2016年7月26日 (火)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル➄

西尾幹二が持つ天皇制への憎しみは、難波大助に勝るとも劣らない。
西尾幹二は『正論』2004年8月号に、以下の文言を書いている。
あまりにも酷いと思う部分を赤字にさせていただいた。
 
それをわざわざ『皇太子さまへの御忠言』に再録しているのであるから、これが西尾幹二の本心であることは疑う余地がない。
こんなことを白昼堂々と世間に公表できる人間が日本国内に実在することに、心底から驚愕した。
天皇家への批判を、無制限にしてよいことしたいそうだ。
皇族へのどんな不敬でも許されることになる。
西尾幹二は、天皇制度を全面に破壊したいとしか考えられない。
西尾幹二とは、生来の超過激なヴァンダリスト(破壊主義者)なのだろうか。
P66
妃殿下にはオフィスとスタッフを持って、スウェーデン国王のようにSPを助手席に乗せるなどして、颯爽と自ら運転して出勤し、政治と思想以外の何らかの国際知的社会活動を展開していただく。雑誌に評論なども書くことがあっていい。われわれも遠慮なく自由な批判を加えてもいいことにしたい。
(引用終わり)
続く
 

2016年7月25日 (月)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル④

 西尾幹二によれば、皇室を守っているのは1945年までは武士で、それ以降はアメリカであるそうだ。
 西尾幹二の記憶では、西南戦争(明治10年)以後の明治時代にも大正時代にも、いや昭和20年までは、日本中に武士がたくさんいたらしい。
 通常の日本国民には、西尾幹二の言っている意味がさっぱりわからない。
 
P43
 皇室というのは常に権力に守られて、権力よりも高い地位にあった。歴史的に武士が守るものであって、そして皇室は守られる立場で、しかも武士を超える存在でした。その武士は千九四五年以来、アメリカなのです。アメリカが守っている。この真実をどう考えるか。
 
 日米関係が安定しているときはいいけれども、アメリカが力を失いつつあり、ぐらついているわけですから当然、皇室は危機に瀕しているのです。
 
(引用終わり)
つづく

2016年7月24日 (日)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル③

西尾幹二は、小和田恒氏の人格を執拗に否定する形で、その娘だからダメ!という理屈を持って雅子妃殿下を攻撃する。
 
皇太子妃を「修道女」に例える不敬は、前代未聞である。
 
それだけではない。
西尾幹二は、雅子妃殿下の妹さんたちにまで難癖をつける。
 
ここまで侮辱されても、小和田家は西尾幹二を名誉棄損で訴えないのだろうか?
P6
用心深く周囲を見渡して生き、世渡りだけを考える。ドイツ語にStreber(立身出世主義者、がっつき屋)という蔑視語があるが、小和田氏のことを考えると私はいつもこの言葉を思い出す。
P7
雅子妃の妹さんたちがまるで皇族のような顔で振る舞い、妃殿下が皇族としての必要な席には欠席なさるのに、妹たち一家と頻繁に会っている様は外交官小和田氏の人格と無関係だと言えるだろうか。
 
P8
 娘が皇室に入ったのは、ある意味で「修道女」になるようなことである。覚悟していたはずだ。
 
小和田氏は代替わりした皇室に対し、外戚として何をするか分からない。
(引用終わり)
続く

2016年7月23日 (土)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル②

西尾幹二の皇室への不敬と憎しみは、国民の誰もが唖然とするほど底なしである。
 西尾幹二は、126代の天皇陛下は英明でなければダメだと断言する。
 西尾幹二によれば、次代の天皇陛下は外交や軍事に積極的に関与しなければならないらしい。
 日本国の立憲君主制を全否定する、驚くべき大暴言である。
 象徴天皇という言葉を自分で使っておきながら、どうやらその意味を知らないらしい。
 度を越して酷い部分を赤字にさせていただいた。
 
P43
「そのこととこれからの百二十六代の二十年間、三十年間はもっと日本の外交上、軍事上の立場は苦しくなり、難しくなっていく時代です。よほどの英明の君でないと象徴天皇の役割は務められないのではないかというのが私の考えです。」
 
 しかし、その6ページ後では、西尾幹二は皇族には格別のことは求められないと言っているおり、前言とは完全に逆の主張をする。
 
 西尾幹二は、いったい何を言いたいのだろう?
 
 また、西尾幹事は「皇族は社会常識を守れ!」と命令している。
 西尾幹二とは、大勲位とか太政大臣とかよりも、遙かに偉い身分なのだろう。
 自分自身が成している不敬の言動は、日本人一般の社会常識に準拠しているらしい。
 
P49
こういう情勢だから、ご皇族の方々は格別のことを求められませんが、日本人一般の社会常識、慣習に著しく反するようなことだけはしないでいただきたい
(引用終わり)
続く

2016年7月22日 (金)

西尾幹二は「平成の難波大助」-『皇太子さまへの御忠言』は非国民のバイブル①

 西尾幹二氏(以下、敬称略)の皇室に対する不敬・憎しみは、難波大助よりも強固で執念深いとしか思えない。
 『皇太子さまへの御忠言』で序章『天皇陛下に御聖断を』とまで書いているのだから、西尾幹二が本書に自分の生命を賭しているのかと、誰でも思うだろう。
 にもかかわらず、本書にある西尾幹二氏(以下、敬称略)の顔写真は、忘年会のスナップ写真みたいにニヤニヤしており、真剣味はまるでない。
 
 あまりにも不気味なので、西尾幹二『皇太子さまへの御忠言』2012年3月12日初版は手元にあったのだが、これまで読む気になれなかった。
 本書のタイトルからして「皇太子さま」であり、読んでみると本文中には「皇太子ご夫妻」「雅子妃」「雅子さん」「愛子様の不登校事件」など、信じ難いような不敬な言葉が満載である。
 また、以下に引用した「究極の不敬」としか言いようがない文言からは、西尾幹二は自身が皇太子殿下より偉いと考えているとしか思えない。
 気分が悪くなること必定であるのだが、愛国心を持つ皆様はこれを読んで、天皇制度廃止を祈念する西尾幹二の思想について知っていただきたい。
 本書の不敬と罵詈雑言は皇太子殿下よりも、雅子妃殿下向けられているのは明らかである。雅子妃殿下に敬語を使用しないことでは、実に徹底している。
 
 だが、それだけではない。以下の文章は、敬宮愛子内親王殿下を下層階級に落としたいという煮えたぎるような悪意を持っていなければ、とても書けるものではない。
 西尾幹二の皇室に対する憎しみがとくに酷いと思われる箇所を、ブログ主の判断で赤字にさせていただいた。
 
P22
 子供というのは色々な世界に触れて成長するもので、ご存じのとおりお前の母さんでべそ」などと言ってはしゃぎまわる年齢のお子さんたちです。そのなかで揉まれていかなければ、たとえ皇室の方であろうと一人前になりません
 
P27
 愛子様にご病気があるのか。それとも妃殿下が子離れしていないのか、よく言われる問題点がはっきりわかってくる。
 私はいまも愛子様の海外の学校における「寮生活」は母親に人生の覚悟を求めるための名案のひとつだと考えています。
 
P28
 妃殿下は、授業中も運動場の遊び時間も観察を怠らないとか、昼ご飯は別室で親子だけでおとりになるとか、毎日が参観日状態ですから、私にいわせれば担任の先生はさぞ煙たいだろうな、教室の子供たちはさぞ窮屈だろうな、と同情を禁じ得ません。しかし、妃殿下の側は遠慮もなにもありません。
P30
親の同行は認められていないのに雅子妃は東宮職、警察官ら数十人を率いて児童たちを追尾しました。
P31
 雅子妃はお住まいの御所を飛び出して、四泊五日に及ぶ「お付き添い看病」を行い、病院内に立てこもりました。
 
(引用終わり)
 ここまで読んだだけでも、西尾幹二の血統は本当に日本人なのか?と誰でも勘ぐりたくなるだろう。
 
 続く。

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