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2016年2月22日 (月)

小学生以下の詭弁を弄する伊藤貫①

伊藤貫『中国の核戦力に日本は屈服する』
 
P106
 筆者の唱える「自主的核抑止力」とは、小規模で安価な、必要最小限度の核抑止力のことである。
具体的には、潜水艦をベースとする核弾頭付き巡航ミサイルを、200~300基配備することである。
 (中略)
 戦略爆撃機や大型空母も不要である。日本は決して他国を侵略・占領することはないから、陸上自衛隊の規模もせいぜい15万人程度でよい。日本に海兵隊は不要である。
日下公人 伊藤貫『自主防衛を急げ!』
 
P342 伊藤貫の発言
 数隻の潜水艦に核弾頭を百発程度の核弾頭を搭載している核小国は、数万発の核弾頭を持つ核超大国に対して、「やれるものならやってみろ!お前たちの核ミサイルなんか、怖くないぞ!」と威勢よくタンカを切ることができるのです。
P343 伊藤貫の発言
 日本にとって必要な「ミニマム・ディテランス(minimam deterrance、必要最小限の自主的な核抑止力)とは、潜水艦に搭載しておく二百基程度の巡航核ミサイルだけです。」
(引用終わり)
 
→どうです?
 伊藤貫の詭弁術は、上念司に勝るとも劣らぬ幼稚さでしょう。
 
 中川八洋『脱原発のウソと犯罪』第八章で、この伊藤貫の出鱈目さは論証されているので、是非お読みいただきたい。
 
 ここでは、その補足の意味も含めて、読者の一人としていくつか伊藤貫に問いたい。
 具体的に述べると言いながら、伊藤貫は自らのプランについてぜんぜん詳しく書いてくれていないからである。一国の安全保障を論ずるのであるからには、通常兵器も含めて総合的に考えなければいけないだろう。
 軍事の専門家を自称するわりには、あまりにも手抜きである。
 
伊藤貫への質問1.
 巡航ミサイルは国産なのか?それともどこかから輸入つもりするのか?
 
伊藤貫への質問2.
 巡航ミサイルに搭載する核は、どういう性能あり、どこから調達するつもりなのか?
 
伊藤貫への質問3.
 核実験は何時、何処で行う予定なのか?
 
伊藤貫への質問4.
 ロシア政府や中共政府に「やれるものならやってみろ!お前たちの核ミサイルなんか、怖くないぞ!」と、本当に日本政府は言ってよいのか?
 仮に巡航ミサイル(原理はジェット機と同じ)を潜水艦から発射できたとしても、ことごとく撃ち落されるだけである。
 
伊藤貫への質問5.
 伊藤貫の核武装プランが本当に妙案ならば、世界中の国が先を競って採用するはずだろう。なぜどこの国も採用しないのだろうか?
 
伊藤貫への質問6.
 戦略爆撃機や大型空母は不要であって陸上自衛隊の規模もせいぜい15万人程度でよくて、海兵隊は不要というのが、伊藤貫の考えであることは分かった。それでは、日本は、原子力潜水艦や軽空母は保有すべきなのか、不要なのか。戦車はどのくらい保有し、どこに配備すればよいのか?伊藤貫の見解を明らかにしてもらいたい。
 
以上。

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コメント

伊藤貫の言うとおり、核武装が万能で全てを解決する手段であるなら、なぜ北朝鮮は未だに国際的に孤立し、世界の最貧国であるのか説明すべきですね。

国際関係学(IR)とは、一体いかなる学問なのでしょうか。「国際」とは、もともとは国と国とが出会うところを意味します。英語の International という語も、同様に国(nation)と
国(nation)の間(inter)のという意味です。しかしながら、現在、国際関係が、「国と国の間の関係」にとどまらないことは言うまでもありません。複数の国から構成される国際連合のような国際機構や、非政府組織( NGO)、多国籍企業、時には一人の個人さえもが国際関係に影響をあたえるようになってきています。国際関係学は、「国と国の間の関係」にとどまらない、世界の諸現象・諸問題を対象にした学問であるというこ
とができます。
国際関係が複雑化し、また対応を誤ると大きな惨禍をもたらすことが第一次世界大戦の勃発によって明ら
かとなりました。この第一次大戦の衝撃を受けて、国際関係学が発達してきました。第二次世界大戦、冷戦、グローバリゼーションの進展などにより、国際関係の複雑さは増す一方です。また、そうした国際関係が私
たち一人ひとりの生活に与えるインパクトも大きくなり続けています。国際関係学を学ぶことの重要性は、ますます大きくなってきているといえるでしょう。
しかしながら、このような複雑性を増す一方の国際関係について学ぶことは容易なことではありません。
国際関係学といっても、そこには、法学や政治学、経済学、社会学、人文諸科学といった専門分化した各分野と同様の意味での、独自の方法や独自性があるとはいえないからです。むしろ、複雑で多様な国際関係の諸現象を対象とする様々な学問の総体であるという理解がなされることが一般的です。このことは、国際関係学が、専門分化した既存の学問の寄せ集めである、ということを意味するわけではありません。これまで専門分化していた各学問が相互作用し、時には協力し合い、様々な角度からある現象を眺めることによって、複雑な国際関係の諸現象をよりよく理解しようとするのが国際関係学という学問なのです。


御高説はわかりました。
それで、結論は?

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