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2011年7月 4日 (月)

ケインズ財政の破綻 (1979年) J.M.ブキャナン (著), 水野 正一 (翻訳), 亀井 敬之 (翻訳)

 ケインズが出てくるまで、国家財政とは、家計と同じく、赤字にしてはならないという認識があった。これは、エドマンド・バークやアダム・スミスが述べた常識である。

 とはいえ、戦争が避けられなければ、戦時国債を発行しなくてはならない。

 また、日本であれば東海道新幹線とか、東名高速道路のような、絶対に必要なインフラを造るのに、建設国債を発行するのはやむを得ない。

 しかし、生活レベル向上のために赤字国債を発行するとか、景気回復のために無駄な公共事業で仕事をばら撒くのは、論外である。子孫にツケを押し付けるだけではないか。

 そのまま何世代か経てば、後に生まれたというだけで、子孫は先行世代が残した莫大な借金を背負わされることになってしまう。

 本書では、ケインズ経済のデタラメさを、英米の実例を挙げて批判している。

 しかし、ケインズという人間については、とくに語っていない。

 高度大衆化社会では、政治家は当選するために有権者に阿る。そこで、ケインズ経済学を持ち出せば、政府は増税をしないで、ばら撒き支出ができることになる。 

 有効需要の創出などというが、そんな雲を掴むような話に、何十兆円も遣うのは愚かすぎる。

 小渕総理が大蔵大臣に抜擢したのは、自他共に認める「ケインジアン」の宮沢喜一であった。そして、小渕内閣と森内閣で、宮沢は大蔵大臣だった。しょして、巨額の公共事業費を投じ、結果としては莫大な赤字財政を遺しただけであった。 

 ケインズ経済学という大インチキを真に受けて、大借金を背負っているのが、現在の日本であるといえよう。

 日本では、ケインズ経済学を批判する評論家や学者はほとんどいない。政治家では皆無かもしれない。

 日本でも、ケインズ経済学やその人間性・思想信条について、もっともっと研究書が出版されてしかるべきだろう。

 

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コメント

ケインジアンの破綻は何よりも我が国において証明されています。1千兆円もの公債残高を積み上げ(別途年金債務あり)、尚且つ不況で苦しんでいることです。

膨大な債務残高を抱えているため、金融機関に無理矢理国債購入を押し付け、金利も異常な低水準を維持し続けなければならない状態です。

ケインズの主張はリカード・バローの等価定理という机上の空論が前提となっていますが、そんなものは現実としてありえません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%89%E3%81%AE%E7%AD%89%E4%BE%A1%E5%AE%9A%E7%90%86

そして、このような話の決定的欠陥は、仮に同世代で債務と債権が解消されるとしても、「政府支出による受益者と、最終的なその支出の負担者(納税者)」とが全く別人であることです。

これらは、即ち所得の再分配であり、「国家による私有財産所収奪」という社会主義、統制経済、全体主義へと通ずるものです。

例えば、小沢一郎が主導したとされる胆沢ダムの工事で潤った者(キックバックを受け取った小沢一郎本人)の作ったダム建設にかかったキックバック分の余計な債務と、小沢一郎の同世代の、全く別人がコツコツ貯金した老後資金とを相殺してもいいという話になってしまいます。

こんな話は全体主義者でなければ考えないでしょう。

他人が作った借金と、自分が汗水たらして貯めた貯金を相殺せよという、トンデモ話に誰が納得をするのでしょうか?

政府主導でなければ行えない、国家として必要不可欠な政府支出(国防費など)は否定しませんが、雇用を第一目的とすることは大問題です。

今の多くの日本の保守詐称者が礼賛するナチス政権化での公共事業(高速道路)について、ハイエクが痛烈な批判をしていますが、彼らは保守を詐称するだけあって、全く読んでいないようですね。

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有名なドイツのアウトバーンをドライブして、その通行量が多くの英国の二級道路より少ないことに気づいた人なら、平和な目的に関してあれだけ高価な道路の建設はほとんど正当化し得ないと、間違いなく思うはずだ。(F.A.ハイエク「隷属への道」第四章 春秋社 66項)

megumiさま
 ケインズ批判は、日本の論壇ではタブーなのでしょうね。
 ケインズ経済学を論外だとして厳しく批判した、レプケやハイエクについて、学校教科書にはまったく出てきません。

昔、ガソリン税の暫定税率(かさ上げ分)を一般財源にするかとか下げろとかもめていた時に、使わずに余った分は、税収の先食いと考えて、素直に建設国債の償還に使えと思ってました。
それなら、受益者負担ですし、ガソリン税の趣旨にも反さないから個人的に名案と思ってましたが。

> ケインズの主張はリカード・バローの等価定理という机上の空論が前提となっていますが、

ケインズがリカード・バローの等価定理に依拠して主張を述べたとは、まったくの初耳です。

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